2025年9月、東証グロース上場の情報戦略テクノロジー(155A)の社長が、Xに投稿した一言が炎上した。
「空売りの人たちあざーっす!」
発言の背景は「貸株」だった。社長が自社株を貸し出し、逆日歩として約120万円を受け取ったことを「お小遣い」と表現したことで、株主から批判が殺到した。
この炎上は、個人投資家の多くが「貸株」の構造を正確に理解していないという事実を浮かび上がらせた。「利息収入になる」と言われて証券会社の貸株サービスを設定している個人投資家は少なくない。だがその株が、あなたの保有銘柄を下落させる空売りの弾になっているとすれば、話は変わる。
📋 この記事の内容
- 155A社長の炎上が暴いた「貸株の構造」
- 貸株・貸借銘柄・逆日歩の仕組みを正確に理解する
- CFO助言の何が間違っていたのか
- 個人投資家の「貸株サービス」が空売り勢の武器になる逆説
- 貸株設定前に知っておくべきリスク
- 30年投資家が見る「貸株と搾取の構造」
155A社長の炎上が暴いた「貸株の構造」
情報戦略テクノロジー(155A)は2023年に東証グロース市場に上場したシステム開発企業だ。2025年9月、高井淳社長が自社株33万3,400株を短期貸し出しし、逆日歩3.6円で約120万円の収入を得た。この事実をXで開示した際の軽い表現が批判を招いた。
社長は翌日に長文で謝罪し、元CFOからの助言として以下の3点を説明した。
元CFOが社長に伝えた「貸株の助言」(3点)
- 貸借銘柄に選ばれたが、断ると二度と選ばれることはない
- 貸借銘柄になると出来高が上がる
- 貸借銘柄になるには社長が貸株をする必要がある
この助言には正確な部分と不正確な部分が混在している。これを検証するには、まず「貸借銘柄」「貸株」「逆日歩」の仕組みを正確に押さえておく必要がある。
貸株・貸借銘柄・逆日歩の仕組みを正確に理解する
【基本用語の整理】
▶ 貸借銘柄とは
東京証券取引所が選定する、信用取引(特に空売り)が可能な銘柄。流動性・時価総額・株主数などの基準を満たした企業が対象となる。選定は取引所が行うものであり、企業側が「断る」選択肢はなく、社長の貸株が選定条件になることも原則ない。
▶ 貸株とは
自分が保有する株式を証券会社や日本証券金融(日証金)を通じて第三者に貸し出す行為。空売りをしたい投資家が「株を借りて売る→後で買い戻して返す」という取引を行うための株の供給元になる。貸した側は「貸株料(逆日歩)」を受け取る。
▶ 逆日歩とは
空売りに使われる株の需要が供給を上回ったとき、空売り側が追加で支払うコスト。貸した側(株主)には収入となる。需給次第で金額が大きく変動するため、予測が難しい。155Aの場合は逆日歩3.6円×33万株強=約120万円の収入だった。
CFO助言の何が間違っていたのか
3点の助言を、制度の実態に照らして検証する。

個人投資家の「貸株サービス」が空売り勢の武器になる逆説
ここからが、本当に個人投資家が理解しておくべき話だ。
証券会社の多くは「貸株サービス」を提供しており、保有株を貸し出すだけで金利収入(貸株金利)が得られると案内している。年率0.1〜数%程度が相場で、「持っているだけで金利がもらえる」という謳い文句は個人投資家に魅力的に映る。
❌ 貸株サービスに潜む3つのリスク
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自分の株が空売りの弾になる
貸し出した株は空売り投資家に渡り、市場で売却される。空売りが増えれば需給が崩れ、保有銘柄の株価が下落圧力を受ける。貸株金利の収入より、保有株の値下がり損失の方が大きくなるケースがある。 -
株主優待・配当の扱いが変わる
貸株中は実質的に株の所有権が移転するため、証券会社によっては株主優待の権利が失われるケースがある。配当金は「配当金相当額」として支払われるが、税制上の扱いが通常配当と異なる場合がある(要出典確認)。 -
証券会社の信用リスクを背負う
貸株中の株は投資家保護の対象外となるケースがあり、証券会社が経営破綻した場合に全額保護されない可能性がある(要出典確認)。信用取引口座に自動的に移管される設定になっている証券会社もある。
【なお@HAVE MARCYの視点】
貸株サービスの構造を見ると、受益者が誰かは明確だ。
証券会社は貸株によって空売り需要に応え、貸借スプレッドを収益化できる。空売り投資家は借りた株を使って下落に賭けられる。
個人投資家が受け取るのは年率0.数%の金利。一方で自分の株が空売りの弾として使われ、株価が下落すれば元本が削られる。
これが「0.1%の利息をもらいながら、10%の値下がりリスクを提供する」構造だ。
30年投資をしてきて確信していることがある。「持っているだけで収益になる」という謳い文句の裏には、必ず「誰かがその収益分以上を受け取っている」仕組みがある。
貸株設定前に知っておくべきリスクと個人の対処法
貸株サービスが「絶対悪」とは言わない。仕組みを理解した上で、自分の投資スタイルに合う場合は使っていい。だが「何も考えずにオン設定」は危険だ。
✅ 個人投資家がとるべき行動
- 現在の貸株設定を今すぐ確認する ── 気づかずにオン設定になっている口座は多い。証券会社のマイページで設定を確認せよ
- 優待・配当が重要な銘柄は貸株をオフにする ── 権利確定日前後だけでも設定を変更することで優待・配当を確実に取れる
- 小型・グロース株への貸株は特に慎重に ── 流動性が低い銘柄ほど空売りの影響を受けやすく、貸株による株価下落圧力が大きくなる
- 「信用残」「貸借倍率」を定期的に確認する ── 自分の保有銘柄にどれだけ空売りが積まれているかを把握しておくこと
- 証券会社の貸株規約を一度読む ── 破綻時の保護範囲・配当相当額の税扱いを確認してから設定を判断する
【独自の考察】155A社長炎上が本当に示したもの
今回の件が「社長の軽率な発言」で終わってしまうのは惜しい。この炎上が示した本質は、上場企業の経営陣ですら貸株制度の正確な仕組みを理解していなかったという事実だ。元CFOの助言が3点中2点で不正確だったことは、プロと見なされる立場の人間でも制度リテラシーに穴があることを示している。
個人投資家が「貸株金利がもらえる」と証券会社から説明を受けたとき、その構造の全体像を正確に把握できているケースは少ないだろう。情報の非対称性は、上場企業の社長ですら例外ではない。
制度を設計する側は、複雑な仕組みを「簡単に収益になる」と説明し、リスクの詳細は開示書類の隅に書く。これは貸株に限らず、NISAも、保険も、FX証拠金取引も同じ構造だ。

📌 この記事のまとめ
- 貸借銘柄の選定は東証の基準で自動的に行われ、社長が貸株をする必要はない。元CFOの助言は制度の誤解に基づくものだった
- 貸株サービスは「保有するだけで金利収入」に見えるが、自分の株が空売りの弾になり株価下落を招く可能性があるという逆説的な構造を持つ
- 受益者は証券会社と空売り投資家。個人投資家の金利収入は、自分が提供するリスクに対してアンバランスに小さい可能性がある
- 貸株設定中は株主優待・配当の権利や保護範囲が変わるケースがある。規約を確認せずに設定し続けることは危険
- 155A社長の炎上が示したのは「プロでも貸株制度を正確に理解していなかった」という情報の非対称性の問題だ
