「あの頃の未来」に立てなかった日本人——夢が萎んだのは、あなたのせいじゃない
SMAPの「夜空ノムコウ」を久しぶりに聴いた。
あのメロディが流れると、胸の奥がキュッとなる。特に好きなのは、「あの頃の未来に僕らは立っているのかな」というフレーズ。初めて聴いたときはただきれいな言葉だなと思ったけど、投資歴30年を超えた今、この一行がずっしりと重い。
子どもの頃、未来はキラキラしていた。大きな家に住みたい、好きなことを仕事にしたい——夢は無限に広がっていた。でも今ここに立って振り返ると、あの頃思い描いた未来にはたどり着けていない。そう感じている人は、きっと私だけじゃない。
ただ、30年以上マーケットの中で生きてきた人間として断言する。夢が萎んだのは、あなたの努力が足りなかったからじゃない。
1990年──「未来が約束されていた時代」の終焉
1989年12月29日、日経平均株価は38,915円の史上最高値をつけた。当時の日本は世界第2位の経済大国で、「ジャパン・アズ・ナンバーワン」という言葉が本気で信じられていた時代だった。
あの頃の20代は、終身雇用と年功序列を前提に人生設計ができた。家を買い、子どもを育て、定年まで勤め上げて退職金をもらう。それが「普通の未来」だった。
・日経平均はバブル崩壊後、7,054円(2009年3月)まで下落——最高値から82%の暴落
・名目GDPは1997年の534兆円をピークに、20年以上ほぼ横ばい
・実質賃金は1997年をピークに下落トレンドに入り、2024年時点で当時を約10%下回る水準(要出典確認)
・終身雇用の崩壊、非正規雇用比率は約37%にまで拡大(総務省統計)
「あの頃の未来」は来なかった。来なかったのではなく、構造的に来られなくされたのだ。
「自己責任」という麻酔──構造の問題を個人に転嫁する仕組み

失われた30年の間、日本社会を貫いてきたのは「自己責任」という呪文だった。
就職氷河期に正社員になれなかった? 努力が足りない。
給料が上がらない? スキルアップしなかったからだ。
投資で損をした? 勉強不足の自業自得。
この論法は実に巧妙だ。構造の問題を個人の問題にすり替えることで、構造を設計した側は一切の責任を問われない。
以前、こんな言葉を聞いたことがある。
「どこの国より勤勉でまじめな国民が、こんなに貧乏なのは、どう考えても政治のせいだ」
これに反論できる人間がいるだろうか。
世界トップクラスの労働時間。異常なまでの真面目さ。サービス残業という名の無償労働。それだけ身を粉にして働いた国民の実質賃金が、30年間で先進国唯一のマイナスなのだ。努力が報われない国をつくったのは、努力しなかった個人ではない。努力の果実を吸い上げる構造を設計した側だ。
バブル崩壊後、不良債権処理は先送りされ、その間に銀行と大企業は公的資金で延命された。一方、中小企業と個人は「市場原理」の名のもとに淘汰された。デフレ下で実質金利が高止まりする環境で「投資で資産形成を」と言われても、それは水の中で「息を吸え」と言っているようなものだった。
30年間マーケットを見てきた実感として、日本の個人投資家は構造的に不利な立場に置かれ続けてきた。情報の非対称性、手数料体系、税制——すべてが機関投資家に有利に設計されている。これは陰謀論ではなく、制度設計の結果だ。
【独自考察】なぜ「失われた30年」は個人だけを直撃したのか

バブル崩壊後の日本で起きたことを一言で表すなら、「リスクの民営化と利益の国有化」だ。企業は内部留保を過去最高の555兆円(2023年度・財務省法人企業統計)まで積み上げた。一方で賃金は抑制され、株主還元も海外投資家が主な受益者となった。つまり、成長の果実は個人には回ってこない構造が30年かけて完成した。
私自身、バブル崩壊後の暴落をリアルタイムで経験している。あの頃は「いずれ戻る」と誰もが思っていた。日経平均が最高値を更新するまでに34年かかったという事実を、当時の自分に教えたらどんな顔をするだろう。
重要なのは、この構造は「自然災害」ではなかったということだ。金融政策、財政政策、労働政策——すべてに設計者がいた。設計者たちは自分の利益を最大化するように制度を作り、その代償を「自己責任」というラベルで個人に押し付けた。
そしてもう一つ、投資家として見過ごせない事実がある。勤勉な国民が生み出した富は、消えたわけではない。移転しただけだ。企業の内部留保、海外投資家への配当、天下り先の特殊法人——カネの行き先を辿れば、「誰が設計し、誰が受益したか」は明白だ。
「別の未来」に立っている──それでも積み上げたものはある

ここまで構造の話をしてきたが、最後に個人の話をしたい。
あの頃思い描いた未来には確かにたどり着けなかった。でも、ふと気づく。あの頃の自分が想像すらできなかった「別の未来」に、自分はちゃんと立っている。
失敗から学んだこと。暴落を生き延びた経験値。大切な人との時間。思いがけず見つけた小さな幸せ。30年の投資経験で得た最大のリターンは、カネではなく「構造を見抜く目」だった。
勤勉でまじめな国民が報われない構造は、確かに存在する。でも構造を「知った」人間は、もう同じ罠にはかからない。知ることが、最初の一歩だ。
「夜空ノムコウ」にはこんな一節もある。「夜空の向こうには 明日がもう待っている」と。構造を理解した上で、自分の資産と人生を自分で設計する。それが、あの頃の自分に胸を張れる唯一の方法だと、30年経った今、確信している。
全てが思うほど うまくはいかないみたいだ
──でも、構造を知った今日が、新しい未来の起点になる。
