コロナ禍のバイオ株バブル。その中で「国産DNAワクチン」という言葉に乗って資金を投じた個人投資家が、最終的にどれだけの損を出したか。そして、その構造の中に「政府と会社の両側に座っていた人物」がいたという事実を、あなたはまだ直視できていない。
アンジェス(東証グロース:4563)は、大阪大学発のバイオベンチャーだ。HGF遺伝子治療薬の開発で知られ、2020年のコロナ禍に「国産初のDNAワクチン開発」を発表したことで株価は急騰した。
2020年初頭:約500円前後
2020年7月頃:3,000円超(ピーク水準)
ワクチン開発断念・フェーズ3失敗後:800円台まで下落
※ 具体的数値は公開チャートで要確認
上がるときは「期待」で買われ、下がるときは「現実」を押しつけられる。この構図で割を食うのは、いつも個人投資家だ。
アンジェス創業者の森下竜一氏は、コロナ禍において大阪府・大阪市の新型コロナウイルス対策本部の専門家会議に参加し、同時に内閣府の規制改革推進会議のメンバーも務めていた。
森下氏が持っていたポジション(同時期):
① アンジェス株式会社の共同創業者・取締役(株式保有者)
② 大阪府・大阪市のコロナ対策に関わる専門家
③ 国の規制・政策に影響しうる委員会メンバー
「誰が公費支援を受けられるか」の議論に、支援を受ける側の人間が加わっていた。
これは刑事上のインサイダー取引の要件とは別の話だ。問題にすべきは「構造的に公平ではない情報の流れ」が制度として存在していたという点である。
「大阪ワクチン」という呼称は偶然生まれたものではない。日本維新の会の吉村洋文・大阪府知事と松井一郎・大阪市長が、2020年4月に揃って記者会見を開き「オール大阪でワクチン開発を進める」と宣言したことで、このプロジェクトは政治的なブランドとして全国に広まった。
2020年4月14日:「絵空事ではなく、7月に治験を開始して、9月に実用化へ」
2020年6月17日:「国の認可を得るのは、2021年の春から秋にかけてになります」
2021年3月10日:「さまざまな課題、安全性や治験の中で、手続きに時間がかかっている」(←トーン変化)
出典:関西テレビ放送(カンテレ)2021年12月27日報道
そして見落としてはならない事実がある。森下竜一氏と維新の関係は、コロナ禍が始まる前から存在していた。2013年には大阪府・市統合本部「医療戦略会議」の特別参与に就任し、2016年には日本万博基本構想委員にも名を連ねていた。吉村・松井コンビとのパイプは、ワクチン開発の7年前から繋がっていたのだ。
このワクチン開発には、厚生労働省・AMEDなどから約75億円の補助金が投入された(Wikipedia・各種報道より)。
最終的に従来型ワクチンは2022年9月に開発中止。アンジェス社長は「mRNAワクチンの有効性を上回ることは厳しいと判断した」と発表した。
75億円の公費と、個人投資家が失った含み損。「オール大阪」の掛け声で動いたこのプロジェクトの「成果」は、そこに集約される。
さらに深刻な点がある。国会では野党議員から「有効性の問題は開発開始前から専門家の間で指摘されていた(DNAワクチンは抗体産生能が弱い)のに、なぜ巨額の補助金が採択されたのか」という追及もなされた。
2020年当時、メディアはアンジェスのワクチン開発を熱狂的に報じた。「年内にも実用化」「政府も後押し」というトーンの報道が相次いだ。
- 国産ワクチンが実現すれば需要は確実にある
- 政府の支援ラインに乗っている企業だから安心
- 創業者が政策の場にいる=強いパイプがある
「政府に近い」というシグナルは、個人投資家にはリスクとして機能するはずだったが、メディア報道とバイオ株ブームの熱気の中でリスクフラグは見えなくなった。
米国では、政府機関や議会関係者が株式取引を行う際のルールが比較的厳格に議論される(STOCK Act等)。一方、日本では専門家として政策に関わりながら、同時に関連企業の株式保有者・役員であること自体を規制するルールが整備されていない。
- 「政府に近い」は安全シグナルではなく、情報格差シグナルとして読め
- バイオ株の「開発中」期間は、最も情報格差が大きいフェーズ
- メディアの熱量が高いほど、「誰かが先に知っていた」可能性を疑え
- 創業者・大株主の売却動向(大量保有報告書)を必ず確認する
俺がこの件で一番腹が立つのは、インサイダーが云々という話じゃない。「政府と市場の両側に座れる人間が存在すること」自体を、誰も問題にしないという構造だ。
アンジェスのワクチンが失敗するかどうか、俺には2020年時点ではわからなかった。でも「この会社の創業者が政策会議に出ている」という一点だけで、少なくとも情報は非対称だと気づくべきだった。
30年投資をやっていると、こういう「制度上合法だが構造的には歪んでいる」案件が定期的に現れる。そのたびに個人投資家が割を食う。制度を信じるな、構造を読め。これが俺の結論だ。
アンジェス・森下竜一氏の件で、刑事上の問題が確定したわけではない。しかし「政策立案に関わる人間が、同時にその政策の恩恵を受ける企業の創業者株主であること」は、制度上許されても、情報の公正性という観点からは明らかに問題がある。
個人投資家にできることは、この種の「制度の歪み」をパターンとして認識し、自分がその情報格差の下側に位置していないかを常に問い続けることだ。
※本記事は情報提供を目的としたものであり、特定の企業・個人に対する法的判断を下すものではありません。投資に関する最終判断はご自身の責任でお願いします。記事内の一部数値・事実関係は要出典確認のタグを付しており、公開情報での確認を推奨します。
