大阪府警捜査二課、蛍光灯の光が冷たく響く。石田剛、42歳、刑事。デスクには書類の山と、冷めたコーヒー。壁には、ワシントングループの組織図。中心に、黒川博司の写真。石田の目は、その写真に釘付けだ。10年、この男を追い続けてきた。だが、いつもあと一歩で逃げられる。
東陽ホールディングスの株価急騰を、情報屋から聞いたのは一週間前だ。「黒川が動いてる。でかい仕手戦だ」。石田の鼻が、血の匂いを嗅ぎつける。兜町の裏で、黒川が糸を引くなら、必ず証拠がある。株価操作、違法ファイナンス、詐欺。黒川を捕まえれば、裏社会の半分が崩れる。
石田は部下の田中に命じる。「東陽の取引データを洗え。ダミー口座、異常な出来高、全部だ」。田中は若いが、デジタル捜査のプロだ。だが、課長の佐々木が邪魔をする。「石田、証券取引等監視委員会に任せろ。お前は別の案件をやれ」。佐々木の目は、どこか怯えている。石田は知っている。佐々木は、黒川と繋がる政治家に弱みを握られている。警察内部にも、闇の触手は伸びている。
夜、石田は北新地の裏路地へ向かう。情報屋のハマが待つ、廃れたスナックのカウンター。ハマは元ヤクザだ。歯が欠け、指も二本ない。「黒川は東陽で一億動かした。山城って社長がカモだ。ワシントンの連中が、株を吊り上げて売り抜ける。もうすぐだ」。ハマの声は、酒と恐怖で震える。
石田は100万の札束を渡す。ハマは黙って受け取り、消える。石田の胸に、正義感と嫌悪感が混じる。ハマのような男を使わなければ、黒川には届かない。だが、こんな捜査を続ければ、自分も汚れる。妻の顔が浮かぶ。離婚してから5年。娘の声も、もう聞こえない。
翌朝、田中から報告が入る。「東陽の取引、ダミー口座が20以上。黒川のグループが動いてます」。石田の目が光る。だが、佐々木が再び圧力をかける。「証拠が薄い。動くな」。石田はデスクを叩き、立ち上がる。「俺が動かなきゃ、誰が黒川を止めるんだ?」
雨の大阪、黒川の事務所の近くで、石田は張り込みを始める。黒いバンが動き、藤田一也の姿が見える。石田の心がざわつく。藤田が裏切れば、黒川に届く。だが、裏切り者は、必ず消される。石田は拳を握る。このゲームに、正義は存在しないのかもしれない。


コメント