30年やってきた。バブル崩壊も、リーマンも、コロナショックも生き残った。
それでも2026年3月、俺は完全にやられた。
反省文ではない。観察記録だ。
この記事の内容
- 何をやったか
- なぜやったか——プライドを守るために相場を使っていた
- 30年でこのパターンを何度繰り返したか
- なおの独自考察——なぜ人はこれをやめられないのか
- 今、俺がやっていること
何をやったか
ショートを持ち続けた。上げ相場の中で。
含み益が出た瞬間にポジションを大きく積んだ。
逆行した。取り返そうとドテンした。往復でやられた。
手順を書けばそれだけだ。複雑な話は何もない。
やっていることは、30年前の自分と同じだった。
なぜやったか——プライドを守るために相場を使っていた
上げ相場でショートを好むのは、逆張りへの信仰ではない。
「自分は群衆と違う」というプライドを守るための行動だ。
相場と戦っていたのではなく、自分のプライドを守るために相場を利用していた。
含み益は「リスクを取るためのバッファ」だ。
それを「次の博打の軍資金」と勘違いした瞬間に、終わりが始まっていた。
利が乗った瞬間のフルレバは、手法の問題ではない。
強欲のコントロールミスだ。それ以上でも以下でもない。
30年やってきて、これを認めるのに数日かかった。
30年でこのパターンを何度繰り返したか
バブルもコロナも、なんとか乗りこなした。
だが選挙だけは毎回読み違える。
高市政権で日経平均6万円など、想像もできなかった。修正もできなかった。
3月だけで600万円やられた。
そして今、ポジションを持つのが少し怖い。
30年やってきて、この感覚は初めてではない。
だがいつも、この怖さを無視したときに次の大きなミスが来た。
だから今回は怖さに従う。
経験は知識を与える。だが感情には効かない。
「わかっている」と「できる」の間には、30年経っても埋まらない溝がある。
これが個人投資家の本当の敵だ。機関投資家でも相場でもなく、自分の脳だ。
なおの独自考察——なぜ人はこれをやめられないのか
なお|投資歴30年の視点
ショートが成功した時の快感はロングより強烈だ。
「世の中が間違っていて、自分が正しかった」という確認欲求が満たされる。
だからやめられない。勝ち負けの問題ではなく、承認の問題だ。
だが上げ相場のショートは、快感と引き換えに踏み上げの燃料にされるだけだ。
ショート銘柄がマイナス、ロング銘柄もマイナス——これはトレンドの読み違いではない。
エントリーのタイミングが「世の中の総意」と完全にズレていた、それだけの話だ。
相場は多数決だ。正しいかどうかより、総意と合っているかどうかが先に来る。
それを頭では知っていた。体が従わなかった。
投資を「感情のデトックス」に使い始めたら終わりだと、30年前に誰かが教えてくれればよかった。
今、俺が書いているのはその代わりだ。
今、俺がやっていること
ポジションを小さくする。それだけだ。
勝とうとするのをやめて、まず生き残る。
減量から始める。
「ブログを書いている場合か」と思った。
同時に、書くことが今の自分を客観視できる唯一の手段だとも思った。
だからこれを書いた。
このサイトは「個人投資家が搾取される構造」を書いてきた。
だが最大の搾取者は、自分の感情だったかもしれない。
劇薬シリーズ——構造を知る6本
