
気配をストップ安に張り付かせていた。それでもPTSはその上で約定していた
朝8時54分、キオクシアホールディングス(285A)の東証本体(東P)を開くと、値段の欄はまだ「-」のままだった。板には成行に1,176,400株、OVERに944,000株。合わせて200万株を超える売りが積み上がっていて、その下に並ぶ気配値は63,500円からじわじわ切り下がって、61,260円台のあたりでぴたりと止まっていた。動かなくなった、というより、そこに張り付かせられていた、という方が実感に近い。数字だけを見ていると、まるで誰かが意図的にそこで止めているような錯覚すら起きる。
1分後の8時55分、同じ銘柄のPTS(JNX)を開くと、こちらは66,220円、前日比-13.17%で普通に値がついていた。板の両サイドがちゃんと立っていて、66,000円台から67,000円台のあいだで約定が積み重なっている。61,260円あたりで張り付いていた本体より、5,000円近く高い。
この差をどう説明したものか、正直まだ迷いがある。とりあえず言えるのは、値幅制限というブレーキがかかっている本体の方が、ブレーキのないPTSより安い値段で張り付いていた、ということだ。制度で守られているはずの方が、実は個人にとって不利な値段に固定されていたかもしれない。ここは直感に反する。
PTSにブレーキがないわけじゃない。基準値段は原則として東証の基準値段に準じ、制限値幅も取引所に準じる形で決まっている。ないのは、ストップ高・安という「状態」、特別気配、比例配分――値幅に達したときに取引そのものを止める仕組みの方だ。範囲内であれば、時間優先の原則にしたがって淡々と約定し続ける。止まらないんじゃなくて、止める装置そのものが最初から積まれていない。
本体側は、なぜ「たった一つの値段」でしか開けないのか
東証の寄り付き前は板寄せという方式で値段を決めていて、直前の価格から一定の値幅(気配の更新値幅)を超えた水準でしか約定できない場合、即時には成立させず「特別気配」を表示して、3分間隔で切り下げながら反対注文を呼び込む直前の価格から更新値幅を超えた水準で次の売買が成立するような場合には即時に売買を成立させず更新値幅の範囲内で特別気配を表示し、反対の注文が入ってこないで特別気配値段で売買が成立しない場合には3分間隔で特別気配を更新して徐々に売買が成立する値段に近づけていく。63,500円から61,260円台まで、段を踏んで切り下がっていったのはこの仕組みのせいだ。
厄介なのはここからで、200万株を超える売りを一つの値段でまとめて捌ける水準まで下げないと、この板寄せは成立しない。仮に制限値幅の下限――その日のストップ安の値段――まで下げても捌ききれなければ、通常の板寄せではなく比例配分という別の方法に切り替わる。ストップ安の場合、その値段に1売買単位以上の買い注文さえあれば売買は成立するのだが、成立した株数は取引参加者ごとに配分されるだけなので、割り当てがゼロになる証券会社が出ることもあるストップ配分は成行注文を制限値幅における指値注文とみなし、ストップ安の場合には制限値段に1単位以上の買い注文がある場合に売買が成立し、板寄せ方式に準じた順位で各取引参加者単位に売買が成立するため1売買単位でも配分することができれば成立するが結果として配分されない証券会社が出ることもある。自分の売り注文が、今日のうちに1株も約定しないという状況が、制度上ふつうに起こりうる。
PTSは、板寄せという「全員を一つの値段に揃える」作業をしていない。個々の買いと売りが、条件が合えばその場で成立していく、ただの継続売買だ。だから本体側に200万株の売りが滞留していても、PTS側で「66,220円でも買いたい」という人が一人でもいれば、そこで値がついてしまう。本体がまだ一つの値段に収斂できずにいるあいだ、PTSはそれぞれの取引を勝手に成立させていく。たぶん、これが値差の一番大きな理由だと思う。
アップロードされた画面は8時54分・8時55分という寄り付き前の一場面であって、この後実際に比例配分まで進んだかどうかは、この2枚だけでは確認できない(要出典確認)。ここで書いているのは板の形から読み取れる制度上の構造であって、285Aがその日どうなったかを断定するものではない。
この値差を「思惑」で語りたくなる気持ちも分かる
200万株という数字と、5,000円近い値差。これを見せられると、本体側で意図的に売りを厚く見せているんじゃないかとか、PTSで先回りして拾っている勢力がいるんじゃないかとか、そういう話をしたくなる人が出てくるのも無理はない。自分もSNSでこの手の板を見て「仕組まれている」という言葉を使っている人を、何度か見た記憶がある。
ただ板の数字だけから、その意図を証明することはできない。200万株の売りが全部実需なのか、それとも比率を厚く見せる意図が一部混じっているのか、2枚の画像だけでは判別できない(推測だが、こういう「異様に厚い売り板」が寄り付き前に出ること自体は、繰り返し観測されている現象ではある)。PTS側で高い値段の買いが入っていたことについても、本体の張り付きを見越して先に動いた人がいたのでは、という見方をする人もいるが、これも確認のしようがない。
断定はしない。ただ、板寄せと比例配分という「一つの値段に全員を揃えないと動かない」制度と、時間優先で個々に成立していくPTSという、設計思想の違う二つの市場が同じ瞬間に並んだとき、こういう値差が生まれること自体は、意図の有無とは関係なく、仕組みとして十分に起こりうる。
「本体がストップ安に張り付いているから、これが今日の適正な下限だろう」という受け止め方は、今回のケースを見る限り危うい。張り付いているのは需給が一つの値段に収斂できていないというだけで、その上で買いたい人がPTSにいたことは、板を見比べないと分からない。
なおの独自考察
この板を最初に見たとき、ストップ安に張り付いてるんだから、これが今日の底値なんだろうと、自分もほぼ反射的に思った。長く相場を見てきたつもりでも、こういう思い込みは普通に出る。でもPTSの値段を並べた瞬間、その前提がそもそも違っていたことに気づいた。張り付いているのは決まらないからであって、安いから張り付いているわけじゃない。
板寄せというのは、200万株という塊を一つの値段でまとめて処理しようとする仕組みで、それ自体は投資家を守るために作られている。だけど守るための仕組みが、局面によっては「今どこで需給が実際に合っているか」を見えなくしてしまうことがある。PTSの方が、その瞬間の生の需給に近いものを映していた可能性がある――これは正直、書きながら気づいたことで、最初から分かっていたわけじゃない。
正直ここは不気味だと思う。張り付いた値段を見て「これが底だ」と判断するのは、次からはもう少し疑ってからにしようと思った。
1. その値段が「板寄せの途中」なのか「比例配分まで進んだ後」なのかを区別する
2. 同じ銘柄のPTSを開き、実際にどの値段で約定が成立しているかを見比べる
3. 売り注文の株数が実需なのか、厚く見せているだけなのかは、板だけでは分からないという前提で見る
── 読んで「なるほど」で終わるな ──
板の裏側を知った今、次はどの「仕組み」を疑う番だ。
・売買成立の方法|内国株の売買制度|日本取引所グループ(特別気配・比例配分の仕組み)
・制限値幅|内国株の売買制度|日本取引所グループ
・PTS 取引ルール|松井証券(PTSにおけるストップ高安・特別気配・比例配分の不適用について)
・PTS(SBI PTS)の取引で制限値幅などはありますか?|SBI証券
