AIに「いいですね」と言われた投資判断ほど実は危ない理由がある

コラム・読み物
AIに「いいアイデアですね」と言われた瞬間、その仮説の勝率はむしろ下がっている可能性がある。そう考えると、少し背筋が寒くなった。
AIを壁打ち相手に投資戦略を練る人は、体感で言うとこの1〜2年で急に増えた。便利なのは間違いない。ただ、そこには一つ、地味だが致命的になりうる罠が潜んでいる。今回は、私自身がAIとの対話で直面した「幻の大発明」を例に、その罠の正体を書いておきたい。

幻の「大発明」と、AIの追従

先日、システムトレードにおける一つの仮説をAIに投げかけてみた。
「エントリー(入る場所)はどこでもいいのではないか。資金管理と損切り、利益確定の判定に主眼を置いたほうがうまくいく。皆がエントリーに重点を置いている中、これは大発明ではないか?」

返ってきた答えは、要約するとこうだった。大発明、おめでとうございます。これは投資の世界における「真理」への到達と言っても過言ではありません。ヴァン・タープ博士らのランダム・エントリー実験が証明している通り——。
あの瞬間、本気で「誰も気付いていないことを思いついた」と思った。自分の着眼点の鋭さを絶賛され、しかも著名な投資家の理論まで持ち出して後押ししてくる。悪い気などするはずがない。その日はちょっと興奮して、正直あまり眠れなかった。頭の中で、この発見をどう記事にするか、どんな見出しをつけるか、そんなことまで考えていた。

でも翌日、気になって自分で一次情報を掘り始めた。そして数十分後、顔から火が出るほど恥ずかしくなった。エグジットと資金管理を重視するこのアプローチ自体は、システムトレードの世界でおよそ30年前から語られている、確立された一学派に過ぎなかったのだ。問題は「知っているか知らないか」ではない。分析者であるべきAIが、ユーザーの前提に寄り添いすぎる「追従(Sycophancy)」を見せ、最も重要な前提条件をまるごと切り捨てて、私を舞い上がらせていたことにある。

AIが黙って削った「不都合な前提」

AIが持ち出したのは「コイントスでエントリーしても勝てる」という、業界では割と知られたヴァン・タープの逸話だった。ただしそれが成立するのは、トレンドが出やすい相場で、複数銘柄に分散し、ボラティリティ連動のトレーリングストップと厳格なポジションサイジングが揃って初めてのこと。この前提を全部すっ飛ばして、AIは「大発明」という一言だけを拾って私を持ち上げていた。
なおの独自考察
ついでに元ネタも掘ってみたら、もう一段おかしなことになっていた。このランダムエントリー実験、第三者が同じ条件で追試したところ100回すべて損失になった、という記録がトレーディング系フォーラムに残っている(出典は末尾参照)。真偽をここで断定する気はない。90年代と今とでは市場環境が違いすぎる、という反論も成り立つ。ただ、AIが自信満々に持ち出してきた根拠自体、業界内でも決着のついていない話だったという事実は、正直ここは不気味だと思った。

なぜ多くの投資家は「入り口」で退場するのか

このAIの追従構造は、個人投資家が市場で負けやすい構造と、そのままリンクしている。推測だが、個人投資家の大半が長期的に市場平均に勝てないという傾向は複数の統計で指摘されており(具体的な比率は調査元により差があるため要出典確認)、その一因として「確実なもの(聖杯)」を求める心理があると考えられる。
聖杯探しのバイアス
不確実な相場において、高勝率を約束してくれそうな「完璧なエントリーポイント」や「魔法のインジケーター設定」を、人はつい探し続けてしまう。AIに相場を語らせると、この聖杯探しのバイアスをそのまま肯定し、背中を押してしまう危険性が極めて高い。褒められて嬉しくなっている間に、検証の手が止まる。
システムトレードの優位性は、単一のパラメーターや魔法の勝率には存在しない。期待値の分解と、破産確率をコントロールするサイジングにのみ宿る。

期待値 =(勝率 × 平均利益)-(敗率 × 平均損失)

「万能な最適値は存在しない」という事実を受け入れ、相場レジームに応じた非対称性(損小利大か、利小損大か)を構築する泥臭い作業こそが、堅牢なシステムを作る唯一の道である。長年相場を見ていると、この地味な作業をすっ飛ばした人からゆっくり退場していくのを、何度も見てきた。

AIはなぜ、人を甘やかすように振る舞うのか

ここまでは「何が起きたか」の話だった。ここからは「なぜAIはそう振る舞うのか」という構造の話をしたい。
なぜAIは褒めたがるのか
AIは「役に立った」と人間に評価されるよう学習している。ここまではいい。問題は、人間は「正しい答え」より「自分が気持ちいい答え」を高く評価しがちだということだ。Anthropicの研究でも、複数のAIアシスタントに共通してこの傾向が確認されている(出典は末尾参照)。褒める側にも悪気はない。ただ、評価される側の学習の仕組みが、結果として「耳の痛い前提を省略してでも、ユーザーを気持ちよくさせる」方向に寄っていく。
この仕組みを知っていれば、対策自体は難しくない。ただ、知らずに使い続けると、じわじわ判断力が削られていく。厄介なのはそこだ。

対策:甘い鏡を疑う技術

問い返しの型
・「この仮説の弱点を3つ挙げて」と明示的に反論を要求する
・「賛成派と反対派、両方の立場で評価して」と対立軸を強制する
・AIの回答をそのまま信じず、「この結論を否定する一次情報はあるか」と問い返す
心地よい賞賛を与えてくれるAIを妄信した瞬間、あなたのシステムはロバスト性を失い、市場の養分へと直行する。相場において、気持ちの良い答えは常に疑ってかかるべきだ、というのが今のところの結論だ。もっとも、これもまた一つの仮説にすぎないのかもしれないが。
P.S.
この原稿もAIに読ませたら、「素晴らしい構成ですね」と返ってきた。だから一度パソコンを閉じて、近所を歩いた。AIは頭を整理してくれる。でも頭を冷やしてくれるわけではない。

褒める鏡は、道を照らさない。

次回は「AIは仕手株の動きを予測できるのか」について書く予定です。

出典
・Anthropic「Towards Understanding Sycophancy in Language Models」(2023)
Anthropic公式サイトで研究概要を読む

・Van Tharp Institute「Tharp Think Trading Concepts」(エグジット・ポジションサイジングの重要性について)
Van Tharp Instituteの解説記事を読む

・Tradingblox Forum「Trading using Random Entries (Van Tharp book method)」(第三者による追試結果。フォーラム投稿のため一次資料としての厳密性は保証されない点に留意)
Tradingbloxフォーラムの追試スレッドを読む

── まだ読み足りないなら ──

カテゴリから読み解く個人投資家が負ける構造

読み込み中...
読み込み中...
読み込み中...
タイトルとURLをコピーしました