だが同じタイミングで、iDeCo・企業型DCとの重複排除ルールが「5年→10年」に改正され、2026年1月から静かに施行されている。
声高に批判された改正は見送り、目立たない改正だけが通った——これが「退職金税制見直し3年連続先送り」の本当の構造だ。
①「退職所得控除の長期勤続優遇見直し」→ 2026年度も見送り確定(3年連続)。2027年度以降に先送り。
②「DC一時金との重複排除ルール 5年→10年」→ 2026年1月1日施行済み。iDeCoで60歳受給後、70歳まで会社の退職金を受け取ると控除が削られる。
- 退職金税制の基本構造——なぜ「優遇されすぎ」と言われるのか
- 3年連続先送りの本当の理由——「サラリーマン増税」批判の正体
- 見送られた本丸の改正と、静かに施行された改正
- 「5年→10年ルール」が個人投資家の老後設計を直撃する理由
- 転職を繰り返した世代が被る構造的不利
- 30年投資家が考える「退職金税制と個人の資産形成」
- 今からできる対応——iDeCo受給タイミングの再設計
退職金税制の基本構造——なぜ「優遇されすぎ」と言われるのか
退職金には通常の給与と異なる、大きな優遇税制が設けられている。仕組みは3層構造だ。
課税退職所得 =(退職金総額 - 退職所得控除額)× 1/2
さらに他の所得と分離して課税(分離課税)される。
二重の優遇——まず「控除」で大きく削り、残った額をさらに「1/2」にしてから税率をかける。退職金は「長年の労働への報酬」という性格から、これだけ手厚い優遇が設けられてきた。
そして退職所得控除の計算式は、勤続年数が長いほど有利になるよう設計されている。
| 勤続年数 | 控除額の計算式 | 控除額の例 |
|---|---|---|
| 20年以下 | 40万円 × 勤続年数 | 10年:400万円 / 20年:800万円 |
| 20年超 | 800万円 + 70万円 × (勤続年数 − 20年) | 30年:1,500万円 / 40年:2,200万円 |
勤続40年で退職すれば2,200万円まで非課税——これは確かに手厚い。問題は、この制度が「平成元年(1989年)から30年以上、一度も実質的に見直されていない」という点だ。バブル時代に設計された制度が、転職が当たり前になった時代にそのまま生き残っている。
3年連続先送りの本当の理由——「サラリーマン増税」批判の正体
2024年、政府税制調査会が退職金税制の見直しを提言した。長期勤続優遇が雇用の流動性を阻害しているという批判は、専門家の間では以前から共有されていた。
ところが提言が報じられた瞬間、SNS上で一斉に「サラリーマン増税だ」という批判が噴出した。岸田政権はその声に押される形で見直しを断念。石破政権でも2025年度・2026年度と2年連続で見送り、政府・与党は退職金課税の改正を2026年度も実施しない方針で、見送りは3年連続となった。
- 政治的コストが高い——「増税」と受け取られる改正は選挙に直結する
- 国民民主党は、名目賃金が物価上昇率+2%の4%となるまでは増税を受け入れない「手取りの増加」優先の姿勢を示しており、与党との合意形成が難しい
- 自民党の宮沢洋一税制調査会長は見直しに「猶予期間が10〜15年必要だ」と発言しており、実質的に棚上げに近い状態だ
「3年連続先送り」というのは、単なる政策の遅れではない。これだけ強い批判を受けながらも問題提起が続けられているのは、現行制度が本当に時代遅れだからだという専門家の合意がある。先送りは「議論の終わり」ではなく「議論の継続」を意味する。
見送られた本丸の改正と、静かに施行された改正
ここが最も重要な点だ。メディアが「見送り」と報じた退職金税制の改正には、実は2種類ある。
勤続年数に応じた退職所得控除の構造的見直し。長期勤続優遇を縮小し、転職者との格差を是正する改正。「サラリーマン増税」と批判され3年連続で先送り。2027年度以降に持ち越し。
DC一時金(iDeCo・企業型DC)と退職一時金の重複排除ルールを「5年→10年」に延長。大きな報道はなく、多くの人が気づかないまま施行されている。
改正前(5年ルール):iDeCoを60歳で受け取り、5年以上空けて65歳以降に会社の退職金を受け取れば、それぞれに退職所得控除を満額使えた。
改正後(10年ルール):2026年からは、この重複排除期間が「前年以前9年以内(10年)」に延長された。iDeCoを60歳で受け取り、70歳で退職一時金を受け取った場合、これまでは5年以上空いているとしてOKだったケースでも、控除が削られる。
つまりiDeCoで60歳に受給するとした場合、退職による退職手当等の退職所得控除を満額利用できる歳が、65歳から70歳になった。5年のずれが生じた。
「5年→10年ルール」が個人投資家の老後設計を直撃する理由
これまでiDeCoで節税を考えていた人の多くは「60歳でiDeCo一時金を受け取り、5年空けて65歳で会社の退職金を受け取る」という設計を前提にしていた。この「セオリー」が2026年から事実上使えなくなった。
- iDeCoを60歳で受け取り、会社の退職金を65〜69歳で受け取る場合
- 企業型DCを定年前に受け取り、その後に退職一時金を受け取る場合
- 小規模企業共済を早期に受け取り、その後に退職金を受け取る場合
これらのパターンで、勤続年数が重複する期間の控除が削られ、課税対象が増える。手取りが数百万円単位で変わる可能性がある(個別の試算は税理士に相談のこと)。
- iDeCoを70歳以降に受け取る(10年インターバルが確保できる)
- iDeCoを年金形式で受け取る(一時金ではないため5年・10年ルールの対象外)
- 退職一時金を先に受け取り、その後iDeCoを受け取る——ただしこちらは「前年以前19年以内」のルールが適用され、ほぼ必ず控除が調整されるため注意が必要
転職を繰り返した世代が被る構造的不利
現行の退職所得控除には、転職者に対する根本的な不公平がある。
| 働き方 | 退職所得控除の合計額 |
|---|---|
| 同一企業に40年勤続 | 2,200万円 |
| 10年ごとに4回転職(各社で退職金受取) | 1,600万円(400万円×4) |
※iDeCoのポータビリティを活用すれば通算可能なケースもあるが、制度の複雑さから一般には浸透していない(要出典確認)
同じ年数就労したとしても、働き方や受け取り方が異なると控除額が少なくなる点が、課題の一つとして改正が検討されている。
バブル崩壊後の就職難で転職や非正規雇用を余儀なくされた世代にとって、この制度設計は理不尽に映る。ただし、「だから転職者が損をする制度は間違っている」という単純な話でもない。現行制度は「退職金という長期積み立ての対価に対して優遇する」という思想で設計されており、転職の多い働き方にはそもそも退職金制度との相性が悪い——そこに根本的な問題がある。
30年投資家が考える「退職金税制と個人の資産形成」
退職金税制の「3年連続先送り」を「政治の怠慢」と批判するのは簡単だ。だが私が30年間の投資経験から思うのは、この問題の本質は別のところにある。
退職金を「会社が守ってくれる老後資産」として依存している限り、税制の変化に振り回され続ける。退職金制度がない会社、倒産した会社、整理解雇になった社員——そういうリスクは現実に存在する。税制議論の前に問うべきは「退職金に依存しない資産設計ができているか」だ。
iDeCoの10年ルールへの改正は、見方を変えれば「60歳でiDeCoを全部出してしまおう」という行動を抑制する効果がある。iDeCoを長く運用し続けるインセンティブとして機能する側面もある。すべての制度変更が個人にとって不利というわけではなく、「どう使うか」次第で評価は変わる。
退職金税制がいつ変わるかは、政治の問題だ。だが、その変化に備えて自分の資産設計を組み直しておくことは、今日できる。この記事を読んだ今日、iDeCoとNISAの受給戦略を一度見直すことを勧める。
今からできる対応——iDeCo受給タイミングの再設計
- iDeCoをいつ受け取るか再確認する——60歳受給を前提にしているなら、会社の退職金受給時期との間隔が10年確保できるかを確認。できなければ70歳まで繰り延べるか、年金形式への変更を検討。
- 企業型DCの受給タイミングも同様に確認する——定年前の早期退職などで企業型DCを受け取る場合も同じルールが適用される。
- NISAを退職金の「補完」として活用する——退職所得控除を使い切れない場合や、iDeCoの繰り延べ期間中の資産運用にNISAを活用する。いつでも非課税で引き出せる点がiDeCoとの最大の違い。
- 個別シミュレーションは税理士に相談する——受給パターンによって税額は大きく変わる。手取り差が数百万円になることもあり、個別の判断は専門家に委ねるべきだ。
- 本丸の改正(長期勤続優遇の見直し)の動向を注視する——2027年度の税制改正議論が始まる頃には、また退職金税制が話題になる。先送りが続いてきた以上、いつかは動く。動いた後に慌てないよう、構造を理解しておくことが防衛の第一歩だ。
- 退職金税制の「本丸の見直し(長期勤続優遇の是正)」は2026年度も先送り、3年連続となった
- 一方、iDeCo・DC一時金との重複排除ルール「5年→10年」は2026年1月に静かに施行済み
- 「60歳iDeCo受給→5年空けて65歳退職金受給」という節税セオリーは事実上使えなくなった
- 転職者は同じ年数働いても控除額が少ない。この構造的不公平が改正議論の核心だが、政治的コストから先送りが続く
- 本丸の改正はいつか動く。その前に自分のiDeCo・DC受給戦略を見直しておくことが最善の防衛策だ
- 退職金に依存しない資産設計が、最終的には税制変化への最大の耐性になる
