市場は「フラット」ではない——情報と資金の非対称性
株式市場は「誰でも同じ条件で参加できる公平な場」だと説明される。半分は本当で、半分は——たぶん意図的に——ぼかされている。
確かに、売買の手続きはフラットだ。個人だろうが機関だろうが、同じ取引所で同じ銘柄を買える。問題はそこじゃない。情報の読み取り方、流れてくる速さ、扱える資金量、この三つで埋めようのない差がついている。陰謀でもなんでもなく、市場というシステムの設計仕様として、そうなっている。
この非対称性を理解した上で参加しているか、何も知らずに参加しているか。その差は、たぶん最初に思っているよりずっと大きくなる。私自身、これを理解するのに正直、何年もかけてしまった。
個人投資家は「出口戦略の受け皿」の位置に立ちやすい
機関投資家が大量に仕込んだ株をいざ売り抜けようとするとき、最大の問題は「誰に売るのか」になる。大口がそのまま売れば板が崩れるから、時間をかけ、分散させて、少しずつ市場に出していくしかない。
そのとき反対側で買っているのは誰か。誰かが仕組んだわけじゃなくても、SNSで話題になった銘柄に後から飛びついた個人の買いが、ちょうど機関の売りとぶつかる局面は、ある。乱暴に言えば”ゴミ箱”だが、正確に言うなら、ゴミ箱として「使われている」というより、結果としてゴミ箱の位置に立ってしまっている、のほうが近い。この違いは小さく見えて、たぶん大きい。
このサイクルを機関側の視点から解体したのが、シリーズの2本目になる。
アナリストの推奨は、誰のために書かれているのか
「〇〇証券、目標株価を△△円に引き上げ」——このニュースで買いボタンを押したことがある人、たぶん多い。私もある。けれど一度だけ立ち止まりたい。そのアナリストの給料を払っているのは、いったい誰なのか。
アナリストは証券会社の社員だ。大手証券では、個人向けの営業と並んで、法人・機関投資家向けの業務——引受手数料、M&Aアドバイザリー、機関向けの売買執行——も重要な収益源になっている。ネット証券はまた全然違う構造で、ここは会社ごとの差が大きい。少なくとも、そのレポートの読み手は個人だけじゃない、ということは覚えておいていい。
もちろん全てのレポートが歪んでいるとは言わない。優秀なアナリストもいる。ただ「公正中立な第三者意見」として無防備に受け取るのはやめた方がいい。発信源と発信タイミングの裏側に何があるのか——それを毎回考えるクセだけは、つけておいて損はないと思う。
IPOは「誰の出口」として設計されているのか
IPOは「夢のある投資機会」として語られることが多い。仕組みを一段だけ降りて見てみると、それが「誰にとっての夢」なのか、輪郭がはっきりしてくる。
公募価格を決めるのは発行会社と主幹事証券で、ここの利害は、よく言われるほど一本線じゃない。発行会社は1円でも高く売りたい。主幹事は、引受手数料だけ見れば高いほうが得だけれど、売れ残りのリスクを抱えるし、公募で買ってくれた顧客が初日から損をすれば次の案件で困る。だから国内IPOでは、公募価格はむしろ控えめに置かれ、初値が公募を上回るケースが多いと言われてきた。
じゃあ個人は安泰かというと、そうでもない。問題は公募価格そのものより、その後にある。VCは企業の初期段階で出資し、IPOを「EXIT」の場にする。ロックアップが外れたとき、あるいは株価が一定水準を超えて解除条件を満たしたとき、彼らの売りが出てくる。初値で飛びついた人、上場直後の熱狂で買った人が、その売りの受け皿になりやすい。需要の読み違えやVCの持ち分の重さから、公募割れする案件ももちろんあって、そのときは公募で買った人も容赦なくやられる。
IPO後に大化けして、投資家に大きなリターンを返した銘柄も存在する。それは事実だ。ただ、それは「結果としてそうなった例」であって、制度設計として個人に有利になっているわけではない。ここは誤解されやすい部分だと思う。
株クラインフルエンサーが「構造的に機能してしまう」理由
機関投資家が持ち株を手放したいとき、本人たちが「買ってください」と叫ぶことはない。そういう中で、結果的に買い手を連れてくる役回りになりやすいのが、SNS上のいわゆる「株クラインフルエンサー」だ。
全員が悪意を持って動いているとは思わない。むしろ大半は、本人なりの分析と良心で発信していると思う。それでも——結果として、構造的な役割を担ってしまうことはある。フォロワーの多いアカウントが特定銘柄に触れた瞬間、そこに短期の買いが集まる。すでにポジションを持っている側から見れば、売りたいときに買ってくれる相手が突然現れる、ということだ。機関とインフルエンサーが裏でつながっている、という話ではないし、そういう証拠が出てきたケースを私は知らない。ただ、誰かが出口を探しているその瞬間に、出口の流動性を作ってしまうことがある。それだけで十分に怖い。
「この人はなぜ、今このタイミングで、この銘柄を出してきたのか」。私は基本、ここしか見ていない。内容が正しいかどうかより先に、まずそこを問う。
好決算で株を買ってはいけない、本当の理由
「好決算が出る → 株価が上がる」。この直感は、間違いではない。間違いではないのだけれど、現実には「好決算発表 → 株価下落」というパターンも、決して珍しくない。なぜか。
答えは拍子抜けするほどシンプルで、好決算は、発表される前からある程度「期待値」として株価に織り込まれているからだ。市場参加者の多くがすでに予測していて、その予測を前提に株価は上がっている。「予想通り」なら材料出尽くしで売られ、「予想を超える」内容のときだけ、さらに買われる。問題は、その「予想ライン」が個人からはほとんど見えないことだ。
新NISAとインデックス積立が生む、もう一つの構造
2024年から始まった新NISA制度は、個人の資産形成を後押しする制度として、想像以上のスピードで普及した。オルカン(全世界株式インデックス)への毎月積立が、いまや「正解」のように扱われている。
この選択を「悪い」と言うつもりはない。インデックスの毎月積立には、ちゃんとした合理的根拠がある。ただ一点だけ、構造として知っておいてほしいことがある。
あなたが毎月積み立てているお金は、価格をほとんど気にせず、決まった日に市場を買い続ける需要になる。それが膨大な口座数ぶん積み上がれば、相場全体にとっては下支えの一つになるし、売りたい側から見れば、いつ売っても一定の買いが入ってくる市場、ということでもある。
ここは書き分けておきたい。積立資金が特定の機関の出口として狙い撃ちされている、という話ではない。そういう設計にはなっていないし、そこまで言うのは雑すぎる。あくまで「市場に、価格を問わない買い手が常にいる」という需給の話だ。その需要を誰がどう使うかは使う側が決める、というあたりは、正直ちょっと不気味だと思っている。乗っている乗り物が何なのか知った上で乗るのと、知らずに乗るのとでは、暴落局面での判断がたぶん変わる。「小金持ちの奴隷」という劇薬みたいな言葉を使ったのは、ここを一度考えてほしかったからだ。
GPIFの資産配分変更が市場構造に与える影響
GPIF(年金積立金管理運用独立行政法人)は世界最大級の機関投資家だ。運用資産の規模が桁違いなので、その売買は日本株の需給に無視できない影響を与える。
気になるのは、その運用方針の変更が政策的な意思決定として行われていながら、市場需給には継続的に効いてくることだ。2014年に国内株式の目標比率が引き上げられ、2020年度からは国内株式・外国株式・国内債券・外国債券を各25%とする基本ポートフォリオになった。年金資産の日本株へのエクスポージャーが強まる方向に動いたのは、事実として押さえておいていい。
意図的かどうかは、わからない。それを言いたいわけでもない。ただ「制度変更が市場需給に構造的影響を与えている」という事実は、相場を読む上でかなり重要な前提になる。ここをどう評価するかは、正直まだ自分の中でも整理しきれていない部分がある。
なおの独自考察——構造を知ることが、最初の武器になる
では個人投資家はどう動くべきか
ここまで読んで「結局なにもできないってこと?」と感じた人もいるかもしれない。そうじゃない。構造を知ることが、最初の武器になる。武器どころか、たぶんそれが全てだ。
株式市場に「陰謀」はない。あるのは「構造」だ。誰かが意図して作った悪意の仕組みではなくて、市場参加者それぞれの合理的な行動が積み重なって、自然と——でも確実に——個人投資家が不利になる方向に固まっていった。その構造を知らないまま参加し続けることが、個人が繰り返し負ける本当の理由だ。
NEXT-FIREはこの先も、その構造を一つずつ言語化していく。正直に言うと、書けば書くほど「じゃあ自分はどっち側に立つのか」を毎回突きつけられる。それも含めて、たぶんこのシリーズの仕事なんだと思う。
