深夜3時すぎ、PTSの板を見て手が止まった。57,500円。東証終値比+5,390円、+10.34%。日中にストップ安まで叩き売られた銘柄が、ほとんどの参加者が寝ている時間に1割戻している。
昨日(7月17日)のキオクシアホールディングス(285A)は、寄り付き直後から売りが止まらず、9時半すぎに前日比1万円安の52,110円でストップ安。6月22日に付けた上場来高値11万2,700円から、1カ月足らずで半値以下。消えた時価総額はおよそ30兆円。
この記事では、何が売りの引き金になったのか、深夜のPTS急反発をどう読むべきか、そして連休明けに私たちが何を見るべきかを整理する。先に言っておくと、原因は1つじゃない。4つ重なった。
まず時系列。この値動きの異常さを見てほしい
個別の材料の前に、直近3営業日の値動きを並べる。ここに今回の本質が半分出ている。
| 日時 | 株価 | 騰落 |
|---|---|---|
| 7/15(水) | — | +5.79% |
| 7/16(木) | 62,110円 | ▲15.03% |
| 7/17(金) | 52,110円(ストップ安) | ▲16.10% |
| 7/17 21時台 PTS | 51,100円 | 終値比▲1.94% |
| 7/18 深夜3時すぎ PTS | 57,500円 | 終値比+10.34% |
+5.79%で上げた2日後に、合計3割落ちる。そして深夜に1割戻す。長年相場を見てきたが、この振れ幅で動く銘柄は、もう業績では動いていない。需給とセンチメントで動いている。まずこの前提を押さえてから、材料の話に入る。
キオクシアがストップ安になった4つの原因
① 米国での特許侵害評決(約370億円)
【確認済み事実】米テキサス州の連邦地裁で、陪審がキオクシア側に約2億2,900万ドル(約370億円)の賠償を認める評決を出した。米衛星通信会社Viasatのフラッシュメモリー関連特許を侵害したという内容。会社側は「到底容認できるものではない」として特許の無効を主張しており、7月17日に適時開示も出している。
ここで冷静に数字を見てほしい。370億円。直近の営業利益約8,704億円と比較すると、賠償額はその4%程度にとどまる。これで時価総額が数兆円単位で吹き飛ぶのは、明らかに割に合わない。
つまり売りの本当の理由は賠償額そのものじゃない。「まだ何が出てくるか分からない」という不確実性が、売りたかった人間に口実を与えた。それだけの話かもしれない。ただ、係争が今後どう転ぶかは正直読めない。
② TSMCの「好決算売り」
【報道ベース】前日の米市場で、TSMCの4-6月期決算は市場予想を上回った。それなのにADRは下落し、SOX(フィラデルフィア半導体株指数)は4%を超えて下げた。「好業績は織り込み済み」という受け止めだった。
好決算が出たのに売られる。
これは決算が悪かったという意味じゃない。市場が織り込んでいた期待値が、現実の好決算ですら届かない高さまで積み上がっていた、ということだ。
決算の中身が悪くなったんじゃない。期待の構造が先に壊れた。好決算を見てから買う個人が毎回どういう目に遭うかは、別の記事で書いたとおり。
③ 中国発「Kimiモーメント」
【報道ベース】中国のAI企業ムーンショットが17日、新モデル「Kimi K3」を公開。米大手の最先端モデルに迫る性能をアピールし、昨年の「DeepSeekモーメント」の再来を意識した投資家がAI関連株を売った、と報じられている。
安く作れるモデルが出てくるたびに「AIへの巨額設備投資は本当に回収できるのか」という疑念が蒸し返される。メモリはAI設備投資の川下にいる。疑念の直撃を受ける位置だ。
④ 韓国のレバレッジETF規制と「先回り売り」
【報道ベース】韓国政府が個別株レバレッジ型ETFの規制強化を発表。当日の韓国市場が休場だったため、週明けの韓国売りを先回りする形で日本のAI関連株にも売りが波及した、というのが一因との見方が出ている。
結果、日経平均は2,694円安の64,141円。下げ幅は一時4,100円を超えた。キオクシア1銘柄の問題ではなく、AI・半導体相場全体が同じ日に揺れた。その中で、直前2日で最も上がっていた銘柄が、最も深く刺された。
AI関連株から金融株へ資金シフトは本当だったのか
SNSでは「AI関連から金融株に資金がシフトした」という声も見かけた。気持ちは分かる。ただ、当日の東証33業種を見る限り、金融への資金集中を示すデータは確認できなかった。
実際に資金が向かった先
【報道ベース】17日に上昇したのは海運・医薬品・水産農林など12業種。個別ではゲーム関連、ソフトウエア、小売など内需の好業績株に資金が流れたと報じられている。一方で金融は、野村HDが「相場安による運用益減少の懸念」でむしろ続落している。
つまり「AI→金融」ではなく、「AI以外なら何でもいい」という消去法の逃避だった。相場が崩れる日に金融株が買われる理屈は、もともと成立しにくい。証券会社は相場が下がれば手数料も運用益も減る。SNSで流れてくる「資金シフト」論は、セクター騰落のデータと突き合わせてから信じても遅くない。
キオクシアPTS急反発は本物か
で、冒頭の話に戻る。深夜のPTSで57,500円、終値比+10.34%。PTSの数字だけを見ると、底打ちしたようにも見える。
ただ注意してほしいのは、21時台のPTSはまだ51,100円、終値比▲1.94%だったこと。切り返したのは深夜、米市場が開いてからだ。
ところが当の米市場では、SOXが3日続落して弱気相場入り目前と報じられている。指数が下げ止まっていないのに、キオクシアだけ深夜に1割戻す。正直ここは不気味だ。
PTSの数字を過信してはいけない理由
深夜のPTSは東証本市場と比べて参加者が極端に少ない。板が薄い時間帯の+10%は、まとまった買いが数本入るだけで作れてしまう。空売りの買い戻しか、個人の逆張りか、翌週を見据えた仕込みか——主体は外からは判別できない。【筆者分析】2日で3割落ちた銘柄には、利益の乗った空売りが大量に溜まっている。3連休を持ち越したくないショート勢の買い戻しが薄い板を押し上げた、という筋が一番あり得ると見ているが、断定はできない。
なおの独自考察
ストップ安を「底値のサイン」だと思っている人が多いが、それは違う。ストップ安は売り圧力が完全に解消したことを意味しない。制度的なブレーキがかかっただけで、消化しきれなかった売りは翌営業日に持ち越されることがある。制度が下げを止めたのであって、買いが下げを止めたわけじゃない。
この銘柄は公開価格1,455円で2024年12月に上場して、1年半で時価総額が一時60兆円を超え、国内首位まで駆け上がった。この上げ方をした銘柄の下げ方が、緩やかで済むはずがない。上げの主役だった海外勢や短期筋は、下げでも主役になる。私たちが板の前で見ているのは、その巨大な資金の出入りの残像でしかない。
ただ、深夜PTSの+10%が示しているのは、下で買いたい人間も同じくらい待ち構えているという事実だ。売り切りたい側と、拾いたい側。7月31日の決算発表を前に、両側がポジションを傾け始めている。どちらが正しいかは、まだ誰にも分からない。分からないときにフルポジションで片側に賭けるのが、一番負けるパターンだということだけは経験上言える。
連休明けまでに見ておくべきもの
7月20日(月)は海の日で東京市場は休み。次の取引は21日(火)。連休中は、慌てて動く時間ではなく、材料を確認する時間として使える。ホルダーも、拾おうか迷っている人も、見るべきものは同じだ。
チェックリスト
・月曜夜の米市場:東京が休みでも米国は開いている。SOXが弱気相場入りを確定させるか、反発するか。火曜の寄りはほぼここで決まる
・PTSと米上場株の気配:深夜PTSの+10%が月曜のデイタイムセッションでも維持されるか。剥落するなら金曜深夜の買いは短期筋だったと分かる
・訴訟関連の続報:会社側は特許無効を主張中。控訴方針など追加開示が出れば不確実性の一部は剥がれる
・7月31日の決算発表:ここが本丸。数字が良くても「TSMCの再現」で売られる可能性は頭に入れておく。好決算=上昇ではないことを、まさに今週の相場が証明した
私なら、火曜日はここを見る。寄り付き前のPTS気配、寄り付き直後の出来高、月曜夜のSOX終値、そして5万円台を維持できるかどうか。この4つが揃って初めて、深夜の+10%が本物だったか、単なる薄商いの綾だったかが見えてくる。
最後にひとつ。ストップ安の翌営業日にいきなり全力で拾いに行くのは、落ちてくるナイフを素手で掴む行為に近い。反発するにしても、二番底を試しに行くにしても、値幅も出来高も異常な水準にある間は、ポジションサイズを普段の何分の一かに落とすのが先だ。急いで儲けようとする人間から順番に退場していくのが、この手の局面の常だから。
市場構造・機関投資家シリーズ
出典
