7月16日、TSMCの決算を見て「これは強い」と思った人は多かったはずだ。純利益が前年同期比77%増、四半期として過去最高。市場予想も上回った。文句のつけようがない数字だった。
なのに、その日の東京市場は日経平均が1,900円を超える下げ幅で終わった。東京エレクトロン、アドバンテスト、レーザーテックといったAI半導体の主力どころが軒並み売られた。韓国に至っては、SKハイニックスが1日で1割以上下げて、KOSPIは今年何度目かのサイドカーが発動する始末だった。
好決算で株が下がる。これ自体は相場では珍しくもなんともない出来事だ。だが「好決算=買い」を素直に信じてきた人ほど、今回の下げには戸惑ったんじゃないかと思う。決算が良ければ株は上がる、そう教わってきたはずなのに、なぜ現実はこうならないのか。今日はそこを構造から解きほぐしていきたい。
まず、何が起きたのかを事実だけ並べる
感情論に入る前に、数字だけを冷静に置いておく。ここは要出典確認込みで、後半に出典を貼っておく。
7月16日の実際の値動き
・TSMC 2026年4〜6月期決算:売上高 前年同期比36%増、純利益 前年同期比77%増。売上・純利益とも四半期として過去最高を更新し、市場予想も上回った
・同日の日経平均株価:1,915円安(下げ幅は一時2,252円まで拡大)
・アドバンテスト:前日比マイナス7.88%
・レーザーテック:前日比マイナス5.30%
・キオクシアホールディングス:TSMC決算後も安値圏で推移し、75日移動平均線割れが視界に入る展開
東京エレクトロンだけは後場終盤にやや下げ幅を縮めたらしいが、それも「大きく戻った」というほどの話ではない。TSMCという、業界で最も需要の実態を反映する企業が過去最高益を叩き出した、その同じ日に、である。ここがまず気持ち悪い。
韓国市場のほうが、正直もっとえぐかった
日本の下げ幅も十分きついが、同じ日の韓国市場のほうが荒れていた。SKハイニックスは約11%安、サムスン電子も同日7.33%安。KOSPIは寄り付きから4%超下げ、韓国取引所は売り側のサイドカーを発動した。回数にすると年内19回目(買い側も含めた2026年通算では37回目)にあたる。サイドカーは先物が短時間で急落した際にプログラム売買を5分間止める緊急ブレーキのような制度で、売り側だけで年内19回というのは、今の半導体相場の神経質さを表していると思う。
SKハイニックスについては、好決算とは別の構造要因もある。7月10日にナスダックへADR上場したばかりで、レバレッジ型の単一銘柄ETFが日中の値動きを機械的に増幅する状態になっていた。ここは個別要因として一応押さえておきたい。
なぜ好決算で売られたのか、構造から見る
ここからが本題だ。理由は一つじゃなくて、いくつかの層が重なっていると見たほうがいい。
① 期待値がすでに高すぎた、という単純な話
TSMCのADRは決算発表前の週末時点で年初来43%ほど上昇していた。フィラデルフィア半導体指数を大きく上回るペースだ。海外メディアの報道では、決算発表前の取引でTSMCの株価が1.2%高で引けていたにもかかわらず、決算後は寄り前で4%超下落したという指摘もある。市場アナリストの見立てとして紹介されていたのは「決算が悪かったわけではなく、投資家の期待が高すぎた反動」という解釈だった。要は、決算前にすでに株価が織り込みすぎていて、「過去最高益」というニュースそのものが材料出尽くしの引き金になってしまった、という構図だ。
個人的には、この「良いニュースが売り材料になる」感覚こそが、相場を長く見ていないと体に馴染みにくい部分だと思う。ファンダメンタルズと株価の動く方向が逆になる瞬間は、教科書の説明を読んでいるだけでは実感として掴みづらい。
② CXMTという、少し毛色の違う変数
もう一つ、今回の下げでたびたび名前が挙がっているのが中国のDRAMメーカー、CXMT(長鑫存儲技術)だ。2016年設立で、直近ではDRAM市場シェアが世界4位まで上がってきているとされる(調査会社によって数字は異なり、売上高ベースでおおむね5〜9%程度の幅で報じられている)。7月27日には上海の科創板(STAR市場)にIPOを予定していて、これがアジア最大規模の半導体IPOになるという報道も出ていた。
実はこの少し前、7月1日前後にも一部海外メディアで、Appleが調達先としてCXMTとYMTCの検討を進めているとの観測報道が出て、それだけでサンディスクやSKハイニックス、キオクシアといった既存サプライヤーが軒並み売られた局面があった。あくまで観測段階の報道だが、既存メーカーの優位性がいずれ揺らぐかもしれないという警戒感がすでに市場の底流にあったところに、TSMC決算の日というタイミングでまた中国メモリーの存在感が意識された、という流れに見える。
CXMTを過大評価しないための注意点
CXMTの主力は先端ロジック半導体ではなくDRAMで、TSMCが作っているような最先端ロジック品とは土俵がそもそも違う、という見方もある。韓国の証券会社の中には、CXMTと韓国メーカーの技術格差はむしろ広がっているという分析を出しているところもあるようだ(要出典確認)。
「中国メモリーが来たから半導体株全部が終わり」と単純化するのは、正直言って早計だと思う。ただし、需給構造そのものへの懸念という意味では、関税や金利のように政策で緩和できる話ではない。ここは注意深く見ておく必要がある論点だ。
③ 半導体という業種そのものへの資金の偏り
半導体セクターが主要指数に占める比重がここ数年で急速に膨らんできた、という指摘は複数のメディアで見かける。正確な比率は出典によって数字がぶれるので、この記事では具体的なパーセンテージは出さないでおく。ただ方向性としては、一つのセクターにここまで資金と期待が集中した状態は、良いニュースが出たときにむしろ利益確定売りを誘発しやすい、というのは相場の基本的な性質としてはその通りだと思う。
なお@HAVE MARCYの独自考察
「好決算=買い」というのは、個人が最初に叩き込まれる投資の常識の一つだと思う。決算が良ければ買われる、悪ければ売られる。シンプルでわかりやすいし、実際そう動く場面のほうが多いのも事実だ。
ただ、機関投資家の目線に立つと話が変わってくる。彼らが見ているのは「決算が良いかどうか」ではなく「決算が、すでに株価に織り込まれていた期待を上回ったかどうか」だ。TSMCの77%増益は立派な数字だが、株価が決算前にすでにそれ相応の期待を織り込んでいたなら、「期待通り」はむしろ売り時になる。個人が見ている決算という「点」と、機関投資家が見ているポジショニングという「面」は、そもそも評価の軸が違う。
正直に言うと、この手の逆説は何度見ても慣れない。数字だけ見れば疑いようのない好決算なのに、株価がついてこない場面を目の当たりにすると、今でも一瞬「え」と声が出る。長年相場を見ていても、そこの気持ち悪さは消えないものらしい。
これから、私たちは何を確認すればいいのか
ここで「だから半導体株は買うな」とか「もう終わりだ」と煽るつもりはない。断定できるほど材料は揃っていないし、そもそも数日の値動きで結論を出すこと自体が危うい。ただ、次に確認すべきポイントは整理しておきたい。
次に見るべきチェックポイント
・翌営業日以降、東京エレクトロンやアドバンテストがTSMC決算を受けて反発するかどうか。反発が続かないなら、今回の下げは一時的な材料出尽くしでは片付けられない可能性がある
・SKハイニックスの決算(7月22日発表予定)。個別の需給要因で荒れている銘柄だからこそ、決算内容そのものの評価が改めて問われる
・CXMTの上場(7月27日)後、実際の生産能力・価格戦略に関する続報が出るかどうか。IPO直後の思惑先行から、実態ベースの評価に切り替わるタイミングを見ておきたい
・DRAM・NANDの実勢価格の動き。決算の数字よりも、こちらのほうが需給の実態を素直に映すことが多い
「好決算で買った人がまた損をする」という構図は、実は今回に限った話ではない。この手のパターンがなぜ繰り返されるのか、もう少し普遍的な構造として整理した記事を以前書いている。今回のTSMCの件を「またか」で終わらせず、次に同じ轍を踏まないための土台にしてもらえたらと思う。
市場構造・機関投資家シリーズ
