「AIとロボットが人間の仕事を全部やってくれるようになれば、いずれ人間は働かなくてよくなる」——最近こういう未来予想をよく見かける。深夜にこの手の記事を読みながら、ずっと引っかかっていたことがある。
技術的にはたぶん本当だ。でも、一番大事な話が抜けている。
ロボットが稼いだ金は、誰のものになるのか

朝早く起きなくていい。満員電車に乗らなくていい。工場も物流も農業も、面倒な仕事は全部ロボットがやってくれる。AIがさらに賢くなり、ロボットが24時間働くようになれば、生産コストは下がり続ける。食料も住宅も日用品も、今よりはるかに安く作れるようになるかもしれない。ここまでは、正直よくわかる。技術的にそんな時代が来ても驚かない。
ただ、この話を聞くたびに引っかかる一点がある。そのロボットが稼いだお金は、誰のものになるのだろう。ここを素通りしたまま「働かなくていい未来」を語るのは、正直かなり危ういと思っている。
100人の会社を、100台のロボットに置き換えてみる
100人の従業員が働く会社を想像してみる。そこへ100台の高性能ロボットを導入する。ロボットは休まない、給料もいらない、有給も残業代もいらない。会社の利益は当然増える。では働いていた100人はどうなるか。「もう働かなくていいですよ」と言われる。ここだけ聞けば夢のような話だ。でも、給料までそのまま払ってくれるとは限らない。むしろ普通に考えれば、仕事がなくなると同時に収入もなくなる。
そして100台のロボットを所有している人には、ロボットが生み出した利益がそのまま入ってくる。極端な話、所有者1人に利益が集中して、残り99人が収入を失うことだってあり得る。この99人は「働かなくていい人」ではない。「仕事と収入を失った人」だ。似ているようで、まったく違う。
「大量に作れる」ことと「手に入る」ことは別問題
農業ロボットが発達して食料をほぼ自動で生産できるようになった未来を想像してみる。建設ロボットが住宅を建て、自動運転が物流を担い、AIが設計や管理まで担当する。生産能力だけ見れば、とんでもなく豊かな社会になる。でも大量に作れることと、それを誰もが手に入れられることは、まったく別の問題だ。ロボットが100円で食料を作れるようになったからといって、無料で配らなければならないというルールは、どこにもない。
AIやロボットは生産コストを下げ、供給量を増やしてくれる。ただし「誰に、いくらで渡すのか」までは決めてくれない。ここを分けて考えたほうがいい。AIが解決するのは「どうやって富を作るか」という、人類が長く抱えてきた問題だ。人間が汗を流さなくても機械が食料を作り、工場を動かし、家を建て、モノを運び、ソフトウェアを書く。もしかすると医療や教育の一部まで担うかもしれない。これはかなりすごいことだと思う。でもその先にもう一つ、まったく別の問題が残る。作られた富をどう分けるのか。こっちは技術の問題ではなく、社会のルールの問題になる。
むしろ格差が広がる可能性のほうが高い
AIとロボットが発達すれば自然にみんな豊かになる、と思い込みがちだけれど、必ずそうなるとは限らない。これまで会社の利益を生むには多くの人間が必要で、だから企業は給料という形で売上の一部を労働者へ渡していた。ところが人間がほとんど必要なくなったらどうなるか。利益を生むのに必要なのはAI、ロボット、データセンター、電力、土地、そしてそれらを所有するための資本になる。そうなったとき価値を持つのは「働ける人」ではなく「持っている人」かもしれない。資本を持つ側は寝ていてもロボットが働いてくれる。持たない側は、働こうにも仕事そのものが減っていく。かなり皮肉な話だと思う。
では、私たちは今何をしておくべきか
「ロボットが働いてくれるから人間は働かなくていい」——この言葉だけで未来を語るのは危ない。本当に重要なのはその次だ。ロボットは誰のものか。ロボットが生み出した利益は誰のものか。働かなくなった人は、何を使って生活するのか。ここを解決して初めて「仕事を失う未来」が「働かなくていい未来」に変わる。ベーシックインカムかもしれないし、AIやロボットへの課税かもしれない。あるいは社会全体で資本を保有するような、今とはまったく違う制度が生まれるのかもしれない。正直、ここに自分にも明確な答えはない。
制度の答えが出るまで、個人にできることは一つある
国の制度設計を待っている時間はない。であれば、少なくとも自分自身が「資本を持たない側」から半歩でも「持つ側」へ動いておくしかない。具体的には次のようなことになる。
・新NISAなどの非課税枠を使って、株式という「資本の持ち分」を少しずつ積み上げておく
・AIやロボティクスに投資している企業(データセンター、電力、半導体、産業用ロボットなど)を、思想としてではなく資本配分として調べておく
・「自分の給料は資本に置き換えられる仕事かどうか」を、他人事ではなく自分の職業で一度考えておく
これは万能の解決策ではない。ただ、資本の側に片足だけでも乗せておくかどうかで、この先の景色はかなり変わってくる気がしている。
なおの独自考察
長年相場を見ていると、技術の進歩そのものより、その果実が誰の手元に残るかのほうが、結局いつも先に決まっているように感じる。企業の利益が上がっても賃金には反映されにくい、というのは今に始まった話ではない。AIとロボットはそれを極端な形で見せてくるだけだと思う。
正直ここは不気味だ。制度側の議論——ベーシックインカムやロボット税——は、いつも技術の進歩より周回遅れで進む。追いつく前提で生活設計をするのは、自分にはちょっと楽観的すぎる気がしている。だから今は、制度を待つより先に、自分の持ち分を静かに増やしておくほうを選んでいる。