中国は1949年建国?なら台湾はなぜ国連にいないのか

週末コラム

「中華人民共和国が建国されたのは1949年だ」——そんな話を中国出身の知人にしたら、面白い切り返しが返ってきた。それなら、アメリカが原爆を落としたのは大日本帝国であって、今の日本ではないことになるのでは、と。広島の被爆者も大日本帝国の国民であって、今の日本とは関係ないのか、というわけだ。

一瞬、うまい返しだと思った。でも調べていくと、この二つはよく似ているようでいて、実はかなり事情が違う。というより、違いすぎて、自分の中の「国家」という言葉の解像度が一段上がった気がする。

大日本帝国と現在の日本のあいだ

大日本帝国は、戦前の日本が実際に公的に使っていた国号で、大日本帝国憲法にもその名称が登場する。敗戦、占領、新憲法の施行と、国家体制は劇的に変わった。それでも国際法上、日本という国家そのものがそこで断絶したと一般に扱われているわけではない。だから広島・長崎への原爆投下は、今の日本の歴史として当然のように語られる。1945年で「別の国」に切り替わったわけではないからだ。

中華民国と中華人民共和国、二つの「中国」

では中国はどうか。ここからが本題で、正直かなり面白い。中華人民共和国は1949年に成立したが、それ以前に中国を統治していた中華民国は、その瞬間に消えたわけではない。中華民国政府は台湾へ移り、今も存続している。つまり「昔の中国が名前を変えて今の中国になった」という単純な話ではなく、北京に中華人民共和国、台北に中華民国という、二つの政府が同時に存在する状態になった。しかも当時、両方とも「自分こそ中国を代表する正統な政府だ」と主張していた。

だったら二つとも国連に入ればよかったのでは、という素朴な疑問が湧く。実はこの発想、当時も存在した。

1971年、国連で何が起きたのか
アメリカなどは、中華人民共和国を国連に迎え入れながら中華民国も国連に残す「二重代表制」を模索していた。今から見ればそれほど奇妙な発想ではなく、東西ドイツものちに両方が国連加盟し、韓国と北朝鮮も現在は両方が加盟している。ところが中国問題ではそう単純にいかなかった。北京は「二つの中国」を認めず、当時の台北(蔣介石政権)もまた「台湾という別国家として残る」という、今から見ると想像しやすい立場は取っていなかった。双方とも「中国を代表するのは自分たちだ」という立場を崩さなかった。1971年10月25日、第26回国連総会は決議2758(いわゆるアルバニア決議)を賛成76・反対35・棄権17で採択し、中華人民共和国政府を中国の国連における唯一の合法的代表と認めた。アメリカの二重代表制決議案は、このアルバニア決議が先に採択されたことで、表決に付されないまま終わっている。中華民国代表は採決前に総会審議への不参加を宣言して退場し、決議採択後に国連からの脱退を表明した。

なぜ台湾問題は今もこじれ続けるのか

現在の台湾から歴史を逆算すると、「中国が台湾を国連から追い出した」という単純な構図に見えやすい。でも1971年当時、台湾側も「台湾という別の国」として国連に残ろうとしていたわけではなかった。双方が「中国」という同じ看板を取り合い、勝ったのが北京だった。ここが誤解されやすいところで、当時の対立軸は「中国か台湾か」ではなく、「どちらが中国を代表するか」だったのだ、と自分なりに整理している。

冒頭の「中華人民共和国が1949年建国なら、大日本帝国と今の日本も別物だろう」という反論は、言葉遊びとしては面白いけれど、歴史的にはやや性質が異なる。日本は国家の継続性のなかで体制と国号の使われ方が変わった。中国は内戦の結果として二つの政府が並存し、どちらが「中国」を代表するかを争い、国連という場でその決着がついた。似ているようで、かなり違う構造だ。

80年経っても消えていない条文がある
国連憲章には、いわゆる「旧敵国条項」の文言が今も残っている。1995年9月の国連総会決議50/52で、この条項はすでに時代遅れで死文化しているとの認識が圧倒的多数で採択され、2005年9月の世界首脳会合成果文書でも、憲章上の「敵国」への言及を削除する決意が確認された。それでも正式な憲章改正の手続きは完了しておらず、文字だけは条文に残ったままになっている。決着したはずの話が、条文レベルでは決着していない。この距離感が、今の東アジアを見るうえで地味に効いてくる気がする。

筆者分析になるが、この手の「国家とは何か」という宙ぶらりんな構造は、経済や市場のニュースを追ううえでも無関係ではないと思っている。台湾海峡の情勢が半導体サプライチェーンの地政学リスクとして語られるとき、その根っこには「代表権を巡る決着が制度的には終わっていて、感情的・実効的には終わっていない」という、この記事で見てきたのと同じ構造がある。ニュースの見出しだけを追っていると、この温度差を見落としやすい。

なおの独自考察
国名だけで「同じ国」「違う国」を判断するのは、思っていたよりずっと危うい。政府なのか、国民なのか、領土なのか、それとも国際社会から承認された「継続性」そのものなのか。調べれば調べるほど、答えが一つに定まらないことに気づかされる。台湾問題は1949年に終わった話ではなく、「中国とは誰なのか」という問いを、いまだに引きずっている話なのだと思う。正直、ここまで宙ぶらりんな状態が80年近く続いていること自体が、少し不気味だ。

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