今日、10月20日の夕方。ニデックが役員責任調査委員会の報告書を公表した。16日に「永守氏ら9人に損害賠償責任」という結論だけが先に出ていた、あれの全文版だ。PDFで251ページ。取引先や個人のプライバシーに関わる部分は黒塗りになっているけれど、それ以外はほぼ読める。
9人の名前や法的根拠、10月末の上場審査の話は16日の記事で書いたので、ここでは繰り返さない。今回引っかかったのは結論より、その手前に残っていた“作業の跡”のほうだった。誰がどの会議で何を見て、監査法人に渡すときに資料から何が消えたのか。読み進めるほど胃が重くなって、途中で一度コーヒーを淹れ直した。
報告書の中に、何度もカギカッコ付きで出てくる社内用語がある。「監査リスク」。たぶんこの言葉ひとつで、ニデックで10年近く続いたことのかなりの部分が説明できてしまう。
・【報告書の認定】は報告書の記載そのもの、【筆者分析】は筆者の解釈。
・委員会自身が「本報告書は最終的結論を示すものではなく」と書いている。法的責任は今後の裁判等で判断されるもので、現時点で確定したものではない。
・株価・上場区分などの状況は日々変わる(最新情報要確認)。
報告書がいちばん言いたかったのは「順番が逆」ということ
250ページの中で、委員会がいちばん力を込めて書いたのは、たぶんこの一節だと思う。
「ニデックが策定した処理方針は、業績目標(営業利益)の達成を最優先とし、達成できた範囲内で負の遺産の処理を認めるというものであり、会計における基本的な理念・考え方が逆転している。」
普通の会計は、資産に減損の兆候が出たら減損テストをして、損失額が決まって、その結果として営業利益がいくらになるかが決まる。損失が先、利益があと。ニデックでは、その矢印が逆を向いていた。
減損の兆候 → 減損テスト → 損失額が確定 → 結果として営業利益が決まる
達成すべき営業利益が先に決まる → 残った“余白”で処理できる損失額を逆算 → 入りきらない損失は「計画的処理」として翌期以降へ
いちばん生々しいのは、2022年度の「FY22構造改革」の仕組みを説明した脚注だ。負の遺産を各事業本部に申告させたら、想定を超える約1,600億円が集まった。そこで会社は、営業利益を一定水準に保てる範囲で「処理していい枠」を決めた。脚注の数字例がそのまま書かれている。
構造改革費用を控除した上で1,000億円の利益目標を維持する前提で、
・構造改革費用を控除しない利益が1,500億円なら → 構造改革費用は500億円
・利益が1,400億円に下がれば → 構造改革費用は400億円
業績が悪い年ほど、処理できる損失が減る。本来なら業績が悪いときほど損失は出やすいはずなのに、仕組みとしてはその逆になっている。正直、この脚注を読んだときは背筋が少し冷えた。悪意で隠したというより、きわめて事務的な「社内ルール」として淡々と書かれているからだ。ルールになってしまった不正は、たぶん誰も不正だと思わなくなる。
この発想は2022年に急に出てきたものでもない。2016年に始まった「資産健全化プロジェクト」の段階で、負の遺産をリスク大・中・小に分け、会計監査で必ず指摘されそうな「リスク大」だけを先に処理し、中・小は利益の範囲内でゆっくり処理する(社内では「セルフファンディング」と呼ばれていた)方針が立てられていた。報告書は、こうした処理方針が「あたかもニデックにおける独自の財務報告のシステムであるかのように」グループ内に周知徹底されていた、とまで書いている。
「監査リスク」という言葉の、本当の意味
ここからが、個人的にいちばん気味が悪かった部分だ。2025年3月期、つまり岸田前社長の新体制の初年度。決算を前に、当時のCFO(報告書では「D氏」)が作っていた「負の遺産リスト」の中身が、報告書に数字ごと載っている。
| 案件(2025年3月14日付リスト) | 概算金額 | 「監査リスク」勘案後の「不可避額」 |
|---|---|---|
| 車載・トラクションモータ事業の設備 | 150億円 | 130.4億円 |
| 車載・既存事業 (うちメキシコ拠点NAMAの滞留債権) | 250億円 (33億円) | 71.7億円 (22.5億円) |
| インバータ開発案件(E案件) | 130億円 | 0円 |
「不可避額」という言葉に注目してほしい。会計基準に照らして避けられない額、という意味ではない。報告書を読む限り、監査法人に見つかって指摘される可能性を勘案したうえで、それでも落とさざるを得ない額という意味で使われている。
それがはっきり出ているのがメキシコ拠点NAMAの件だ。回収不能分を含む多額の滞留債権が見つかり、本来は2025年3月期に引当金を積むべきだった。それが見送られた理由について、報告書はこう書いている。PwCの現地法人による監査が「ほとんど行われてこなかったこと(ニデックでいう『監査リスク』が低いこと)を踏まえ」、引当金の計上は見送られた、と。
② そのうち監査法人に見つかりそうな損失(=「監査リスク」が高いもの)
③ 営業利益目標の範囲内で、実際に計上された損失
決算書に載るのは③だけ。①と③の差が「負の遺産」として翌期以降に積み上がっていき、最終的に2026年3月期の減損6,321億円・最終赤字5,646億円という形でまとめて噴き出した、と読める。
「監査リスク」を素直に言い換えるなら、「バレる確率」だと思う。処理するかどうかを決めていたのが会計基準ではなく、見つかるかどうかだった。言葉にすると身も蓋もないけれど、報告書が描いている構図は、ほぼそういうことだ。
監査法人に渡った資料から、色と注記が消えていた
トラクションモータ事業の話は、読んでいて一番つらかった。事業部の側は、2年連続で巨額の構造改革費用を出していて、3年目の減損はなんとしても避けたい空気だったらしい。それでも2025年度は赤字の見通しで、そのことは本社の経営陣にも報告されていた。
事業部は、実力どおりの事業計画とは別に、減損を回避するための事業計画をもう一本作った。そして本社のCFOに「TRM減損テスト」という資料で説明している。その資料では案件ごとに色分けがされていて、「受注前・数量にリスクあり」「営業より明確にないと断言された案件」といった注記まで付いていたという。
監査法人に示されたのは、その計画から色分けと注記を削除したものだった。結果、2025年3月期の減損は回避された。事業部側は「構造改革費用が認められれば減損を計上する方針だった」とされていて、ここは少しだけ救いのようにも、逆にもっと残酷なようにも読める。現場は本当のことを本社に上げていた。それでも外には出なかった。
インバータの件も型は同じだ。取引先から開発の即時中止を求められ、2025年2月には製品Bの開発中止が確定していた。にもかかわらず、のれんの減損テストを監査法人と協議する際には、製品Bがまだ入った古いバージョンの事業計画が出されている。
ここで不気味なのは、2016〜2017年の子会社NPCJ(旧日本電産コパル)の事案と、手口の型がほとんど変わっていないことだ。当時も、失注した事実を監査人に伝えずに減損テストを避け、さらに2014年10月22日付にバックデートした業務委託契約書と「債権債務はない」とする補足契約書を同時に結び、前者だけを監査人に見せて収益を計上していた、と報告書は認定している。10年近い時間差があって、社長も何人も変わっているのに、やり方が受け継がれている。
ニデックは長年にわたり会計監査制度を誤った認識でとらえてきた――「市場のゲートキーパーたる監査法人を会社のそれと履き違えて」、会計基準から乖離した処理を承認・黙認させようとし、監査法人が気付くまで、あるいは虚偽を含む説明で費用計上を先延ばしにしようとした。
監査法人は会社の門番ではなく、市場の門番。教科書的には当たり前のことを、第三者の委員会がわざわざ結語に書かなければならなかった。そこにこの事件の根の深さがあるのかもしれない。
2,400億円の「通信簿」と、賞与の算定期間
2025年3月期、岸田氏は負の遺産を通期営業利益とは別枠の構造改革費用でまとめて処理する方針を立て、永守氏・小部氏との三者会議(社内では「NKK会」)で繰り返し説明・提案したとされる。答えはノーだった。報告書には、岸田氏に送られたメッセージとして「今期の事業計画2,400億円プラスアルファは何があっても完結させて通信簿はギリギリセーフに持ち込んでもらいたい」という一文が引用されている。
結局どうなったか。賞与算定期間の変更などで捻出した利益に相当する範囲でだけ構造改革費用を計上し、残りは翌期以降に先送りされた。車載既存事業の一過性損失は、この方法で30億円に限って計上されている。
【筆者分析】賞与の算定期間をずらして作った利益で、損失の「入場枠」を買った、という構図に見える。会計上の操作で生まれた一時的な利益と、本来計上すべき損失を相殺しているので、営業利益目標は守られる。帳簿の上では誰も嘘をついていないように見えるのが、この仕組みのいやらしいところだ。
もう一つ、地味だけど象徴的な話がある。2025年3月、ある事業本部長が部下に「『構造改革前営業利益』『構造改革後営業利益』と計画を2つに分けて管理すると、非常に混乱するため『構造改革後営業利益』一本で管理すること」と指示していた。報告書は、ニデックでは株価を強く意識した経営が行われ、構造改革費用を含む損益がそのまま業績として扱われるのが実態だった、と書いている。損失を処理すれば自分の成績が下がる。だから現場は処理しない。個人の倫理の問題というより、点数のつけ方の問題に近い。
→ ニデック株はどうなる?役員責任報告と10月末の上場審査、本当に見るべき所
2017年、入社1年足らずの人にだけは見えていた
報告書で一番印象に残った人物は、永守氏でも歴代社長でもなく、「B氏」と匿名で書かれている専務執行役員だった。
B氏は2016年10月に経営管理監査部の担当になり、子会社の内部監査で会計不正の疑いが多数指摘されているのを見て、負の遺産を洗い出そうと言い出した人だ。資産健全化プロジェクトの発案者でもある。2017年11月、永守氏への報告の場でB氏は、①社外の専門家を入れた社内調査委員会で全社調査して透明性を担保したい、②取締役会と監査役会に報告し、社外役員も入れて議論して方針を明確にすべき、と上申した。受け入れられなかった。
このプロジェクトは、結局一度も取締役会に報告されていない。監査役会に報告されたのも、2019年に別件の調査の過程でPwC京都にプロジェクトの存在が発覚してから、とされている。
2017年当時のB氏のメールも引用されている。
(報告書 脚注175に引用された、B氏の2017年当時のメール)
委員会はこのB氏の存在を、役員たちの責任を認める根拠そのものに使っている。入社して1年足らずだったB氏ですら大きな不祥事になると予見できたのだから、処理方針を知っていた他の取締役・監査役も予見できたはずだ、という理屈だ。
その一方で、社外取締役については、処理方針の中身を知っていた(知り得た)証拠が見つからなかったとして、責任は認められていない。法律論としては筋が通っている。ただ、株主の側から見ると、社外取締役という仕組みが「情報が上がってこなければ何も機能しない装置」だったことが、公式に証明されたようにも見える。正直、報告書全体でここが一番やるせなかった。
276億円の請求書は、誰の財布から出たのか
報告書は、この件でニデックが2025年8月から2026年8月までに負担した費用を円単位で載せている。
| 項目 | 金額 |
|---|---|
| 調査費用 | 22,207,198,462円(約222億円) |
| 監査費用 | 5,335,082,399円(約53億円) |
| 上場違約金 | 91,200,000円(9,120万円) |
| 合計 | 約276億円 |
東証の違約金9,120万円が、調査費用の240分の1程度でしかない、というのも妙に生々しい。不正を見つけて直すコストは、罰金よりはるかに高くつく。そしてこの276億円を払ったのは会社、つまり株主のお金だ。
委員会は、これらの費用と役員の任務懈怠のあいだに相当因果関係を認めた。ただし、誰がいくら負担すべきかの割合は「寄与度に応じて」裁判所が判断すべき、として数字を出していない。細かいところでは、子会社NPCJの不正に関与したと認められた元役員2人については、時期と金額規模からみて今回の決算修正との因果関係が弱いとして、賠償責任までは認めていない。任務懈怠はあった、でも賠償責任はない。法的には精緻な線引きなんだろうけれど、外から見ると少しモヤモヤが残る。
推測ですが、分配可能額を超える配当に関する責任(会社法462条)の論点に発展する可能性があり、今回の276億円とは別の話として、もう一度ニュースになる局面が来るかもしれない。
「逆算会計」の会社を、外から嗅ぎ分けるために
ここまで読んで、「じゃあ外にいる私たちはどうやって気づけばよかったのか」と思った人も多いと思う。正直に言うと、ニデックの場合、外から確信を持つのはかなり難しかった。監査法人ですら途中まで見抜けていなかったのだから。それでも、報告書に出てきた手口を裏返すと、決算資料で見える「におい」はいくつかある。
一過性のはずの費用が毎年出るなら、それは一過性ではない。処理しきれない負の遺産を、毎年少しずつ吐き出している可能性がある。
大きく上振れも下振れもせず、毎期ほぼ計画どおり。事業にはブレがあるのが普通なので、ブレなさすぎる数字はむしろ調整の跡かもしれない。
新体制の「膿出し」は好感されがちだが、前の体制で先送りされていた損失が溜まっていたことの裏返しでもある。
NAMAのように、監査の目が届きにくい拠点に回収できない債権が溜まるパターン。セグメント別・地域別の債権の動きは一度見ておきたい。
監査法人が「ここは判断が難しい」と毎年書いている場所は、会社と監査法人の綱引きが起きている場所でもある。
市場は「必達文化」を好感しやすい。ただ報告書を読む限り、目標を絶対視する文化と、損失の先送りは表裏一体だった。
どれも、当てはまったら即アウトというものではない。構造改革費用が続く健全な会社もあるし、計画どおりに着地する優秀な会社もある。ただ、2つ3つ重なったときに「この利益は、損失を先に引いた結果なのか、利益を先に決めた結果なのか」と一度だけ疑ってみる。その一手間が、今回のような局面で致命傷を避ける差になる、と思っている。
⑥については自分にも刺さる。ニデックの「必達」の空気を、長いこと強みだと思って見ていた側の一人だからだ。
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