9月30日の夕方、EDINETにニデックの有価証券報告書が上がってきた。全251ページ。最初は減損の額だけ確かめて寝るつもりだったのに、巻末の監査報告書までスクロールしたところで手が止まり、結局もう一度、表紙から読み直すことになった。
先に書いておくと、今回いちばん重いのは5,000億円を超える赤字ではないと思っている。監査法人が去年に続いてまた「意見を言えない」と書いてきたこと、そして会社自身が、過去5年分の配当と自社株買いが会社法上の分配可能額を超えていたと認めたこと。数字の大きさより、この2つのほうがずっと後を引く気がしてならない。
ニデックの決算数字に並んだ「噛み合わない組み合わせ」
まず表を見てほしい。前期の数字は、第三者委員会の調査を踏まえて修正再表示されたあとのものだ。
| 項目(連結) | 2025年3月期 (修正再表示後) | 2026年3月期 |
|---|---|---|
| 売上高 | 2兆6,063億円 | 2兆7,087億円 |
| 営業損益 | 1,282億円 | △5,190億円 |
| 親会社の所有者に帰属する当期損益 | 847億円 | △5,646億円 |
| 親会社所有者帰属持分 | 1兆2,398億円 | 7,942億円 |
| 親会社所有者帰属持分比率 | 42.5% | 25.6% |
| 現金及び現金同等物 | 2,463億円 | 8,522億円 |
| 短期借入金 | 937億円 | 5,870億円 |
| 単体の自己資本比率 | 11.9% | 1.0% |
売上は伸びている。ここがややこしいところで、本業そのものが崩れているわけではないんだ。データセンター向けの水冷モジュールやHDD用モータを抱えるSPMSセグメントは営業利益628億円で、前期から184億円の増益だった。BESS(系統用蓄電システム)や非常用発電機の需要も右肩上がりだと会社は書いている。
そこに6,321億円の減損が乗った。内訳で目立つのはACIM(家電・商業・産業用)の2,988億円、グループ会社事業の1,897億円、MOENの1,163億円。中国市場での価格競争や、EVの成長減速で収益計画を引き直した結果だと説明されている。
もう一つ見落とされやすいのが前期の書き換えだ。1年前に発表されていた2025年3月期の営業利益は2,378億円だったのに、修正後は1,282億円。ほぼ半分になっている。さらに前期首の利益剰余金は3,564億円も削られた。私たちが過去に見ていた「高収益のニデック」は、そもそも存在していなかった部分がかなりあった、ということになる。
手元資金が8,522億円まで膨らんでいるのも、一見すると安心材料に映るかもしれない。ただ短期借入金を約4,900億円積み増した結果なので、筆者分析としては、攻めの弾薬というより籠城のための備蓄に近いと読んでいる。
監査法人が2期連続で「意見不表明」、その理由の書き方が異例
ニデックは2025年3月期に続いて、今回も④だった。しかも連結財務諸表、単体財務諸表、内部統制報告書の3本すべて。第三者委員会の調査も品質・関税の社内調査も「完了した」と会社が言っている中での意見不表明なので、去年とは意味合いがかなり違う。
PwC Japanが挙げた根拠を自分なりに要約すると、中身は大きく3つになる。
1つ目が本丸だと思う。監査人は「数字が合わない」と言っているのではなく、「数字を作る側にいる人の説明を、監査証拠として信じ切れない」と書いている。経営者の陳述の信頼性そのものに触れているわけで、これを帳簿の修正だけで直すことはできない。人が入れ替わり、その後任がきちんと職責を果たしている証拠が積み上がるまで、次の決算でも同じことが起きうる構造になっている。正直ここは不気味だ。
ついでに書くと、監査法人(ネットワークファーム含む)への監査証明報酬は今期だけで約170億円、前期は約27億円だった。これとは別に特別調査費用等が305億円。不正のツケは、減損とは別のルートでも株主資本から静かに抜けていく。
一番ゾッとしたのは、5年分の株主還元の話だった
減損よりも、赤字よりも、読んでいて背中が冷えたのは連結財務諸表注記の「追加情報」にさらっと書かれていた一段落だ。修正後の単体数字で計算し直すと、以下の株主還元はいずれも会社法・会社計算規則に基づく分配可能額を超えていた、と会社自身が開示している。
会社法には分配可能額の上限を定めた規定(461条)があり、それを超えた分配については業務執行者などの責任を定めた規定(462条)もある。ここは一般論としての条文の話で、ニデックがこの件で誰にどう請求するのか、株主側に何か影響が及ぶのかについて、有報には具体的な記載がない(該当情報なし)。役員の法的責任は外部専門家だけで構成される役員責任調査委員会が調査中で、その結論を待つ形になっている。
構造として見ると、話はわりとシンプルなんだ。利益を実際より大きく見せ、その見かけの利益を根拠に配当と自社株買いを続けて株価を支える。会社自身が改善計画の中で、不正の原因の1番目に「成長を示し続けるための過度な株価至上主義」を挙げているのは象徴的だと思う。株主還元は株主のためのものだったはずが、ある時期からは株価を維持するための装置として回っていた、とも読める。
毎年きちんと配当が入り、自社株買いのニュースで株価が跳ねる。その「安心の手触り」こそが、実は払ってはいけないお金でできていた。私たちが株主還元の数字を見て企業の健全さを判断するとき、その前提にある利益の質までは確かめようがない。ここに、この事件のいちばん嫌な部分がある。
自己資本比率1.0%、財務制限条項に抵触しても銀行は手を離さなかった
親会社単体の純資産は、前期の2,030億円から190億円まで縮んだ。自己資本比率は1.0%、1株当たり純資産は16.55円。関係会社株式の評価損だけで1,835億円が出ている。連結で見れば持分比率25.6%なのでまだ体力はあるものの、単体はほぼ皮一枚で立っている状態だ。
2025年11月に三菱UFJ銀行・三井住友銀行と結んだコミットメントライン(各3,000億円)には、2026年3月期末の連結純資産を前期末の75%以上に保つという財務制限条項が付いていた。結果は抵触。未使用ではあるものの、両行から「期限の利益喪失請求権を放棄する」旨の承諾を得たと書かれている。
メガバンクが手を離していないのは素直に安心材料だと思う。その一方で、今のニデックの財務の主導権が株主より債権者側に寄っていることの裏返しでもある。株主還元が当面戻りにくいのは、ここからもある程度読める(筆者分析)。
ニデックは上場廃止になるのか、10月末に決まる3つの分岐
ニデックは2025年10月28日に東証から特別注意銘柄に指定されている。指定期間は原則1年で、会社は内部管理体制確認書を2026年10月末に提出する予定だと書いている。有報に記載された東証の審査ルールを整理すると、こうなる。
会社が10月末に出す確認書が、今日の「意見不表明」とどう整合するのか。ここが最大の焦点になる。監査人が「不正に関わった人がまだ財務報告の要職にいる」と書いた翌月に、「内部管理体制は適切に運用されている」と東証を説得するのは、素人目に見ても簡単ではない。推測ですが、Bの「継続」がいちばん現実的なシナリオとして市場に意識されやすいのではないかと思う。
経営陣の動きも落ち着いていない。創業者の永守重信氏は2025年12月19日付で取締役を辞任したが、発行済株式(自己株式除く)の8.61%を持つ筆頭株主のまま。有報の役員報酬の注記を読むと、岸田光哉氏が2026年9月29日付、つまり有報提出の前日に取締役を辞任したことも分かる。株主名簿の外側では、アクティビストとして知られるOasis Management Companyの動きも目立つ。9月16日に提出された変更報告書では、保有比率を6.78%から7.97%(約9,507万株、報告義務発生日は9月9日)まで引き上げた。報道によれば、割安と判断すれば3か月以内にさらに5%超を買い増す予定で、今後12か月以内に代表取締役の選定・解任などに関する提案も行う方針だという。6月の株主総会では同社が推薦した社外取締役候補は選ばれなかったが、約8%まで買い増している以上、今後のガバナンスや資本政策を考えるうえで無視できない存在になっている。
「売上は伸びてる」「PBRが低い」に飛びつく前に見るべきこと
ここまで読むと、逆に買い場に見えてくる人もいると思う。連結の1株当たり親会社所有者帰属持分は692円。本業の一部は明らかに強い。気持ちはわかるんだけど、そのPBRの分母は監査人が「正しいと言えない」とした数字の上に乗っている。物差しの目盛りが狂っている状態で割安かどうかを測ることはできない。判断を急ぐ前に、少なくとも次の5つは順番に確かめたほうがいい。
逆に言えば、この5つが一つずつ片付いていく過程は、数字の信頼性が回復していく過程でもある。どこかで買うにしても、「安いから」ではなく「どのイベントを確認したから」と自分で言える状態で入るべき銘柄だと思う。
