「バックテスト+857.6%」という数字を最初に見たとき、正直ちょっと笑ってしまった。4年で資産が9.5倍、しかも最大下落はビットコインをただ持っていた場合の3分の1以下で、そんなものが本当に手に入るなら、世界中のクオンツファンドはとっくに店をたたんでいる。
数字を出したのは、ゲーム会社として知られるKLab(3656)。ビットコインのAI自動売買システムで、7月1日には自己資金1,000万円を入れて本番運用に踏み切った。そして公式サイトに並んだ実運用の成績は、8回取引して8回とも負け。累積で約65万円のマイナスになっている。
今、KLab AIトレードの公式サイトには「運用再開に向けたAIモデルの改善・調整中」という表示が出たままだ。
これを「やっぱりAI投資なんてダメだった」で片付けるのは簡単なんだけど、調べていくうちに、もっと引っかかる事実が出てきた。見出しになった857%のモデルと、本番で実際にお金を動かしていたモデルが、そもそも同じものではなかったのだ。今日はそこを掘る。
まず時系列で並べてみる
ニュースは単発で流れてくるので、並べ直さないと全体像が見えにくい。公式リリースと公式サイトから拾うと、こうなる。
| 時期 | 出来事・条件 | 数字 |
|---|---|---|
| 2026.2.9 | AI自動取引システムの開発を公表 | — |
| 2026.2.24 | バックテスト第1弾(2022.1〜2024.12/ロング・ショート/48回) | +328.6% |
| 2026.3.14〜6.29 | デモトレード(Mamba-basic)。同期間BTCは−16.4% | +4.4% |
| 2026.5.26 | バックテスト第2弾(Mamba-bull/2022.1〜2025.12/ロングのみ/59回・34勝25敗) | +857.6% |
| 2026.7.1 | 自己資金1,000万円で実運用開始。使用モデルは「基本はMamba-basic」 | — |
| 〜2026.10.2 | 実運用8戦8敗。同期間のBTC保有は+5.41%。現在は運用再開に向け調整中 | −6.54% (−653,699円) |
| 2026.10.2 | 財務戦略のBTC保有を開示。7〜9月の追加購入なし、保有は6月末と同じ89.44457BTC(AIトレード分は含まない) | 含み益 +約1.21億円 |
2月から5月のたった3か月で、発表される回収率が328%から857%に跳ねている。検証期間が1年延び、売買の条件も変わっているから単純比較はできない。それでもこの伸び方は、見ていて少し落ち着かない。理由はあとで書く。
857%のモデルは、本番の主役じゃなかった
7月1日の運用開始リリースに、バックテスト・デモ・実運用を並べた比較表が載っている。ここをちゃんと読むと、バックテスト欄にはモデルが2つ書いてあって、Mamba-bullが+857.6%、Mamba-basicが+579.7%。デモトレードで使ったのはMamba-basicで、実運用の欄は「基本はMamba-basic」となっている。
公式サイトの説明によれば、Mamba-bullは中長期の上昇トレンドをロングだけで取りにいく長期モデル。Mamba-basicのほうは短い値動きを狙ってロングもショートも打つ短期モデルだ。実運用の初日、7月1日に入ったショートで約32万円やられているのも、ショートを打てるのはbasic側なので辻褄が合う。
→ 正確には「バックテスト+579.7%、デモ+4.4%だった短期モデルを中心に動かして、8連敗した」。
857%を出した長期モデルが本番でどう使われていたのか、その比率は公表資料からは読み取れない(該当情報なし)。
誤解のないように書いておくと、KLabが何かを隠したわけじゃない。リリースには小さくだけど全部書いてある。ただ、ニュースの見出しになり、Xで回ってきて、多くの人の頭に残ったのは857という数字のほうで、本番で走っていたモデルの名前を覚えている人はほとんどいないと思う。私も最初は混同していた。
一番目立つ数字と、実際にお金が乗るものが違う。投資商品の広告ではわりと見慣れた構図で、それがAIという新しい看板の下でも普通に起きている、というのがこの件で最初に引っかかった点だった。
「日々、投資回収率が向上しております」という一文
2月24日の第1弾リリースを読み返していて、手が止まった箇所がある。AIの学習と評価のためにシミュレーションを繰り返している、という説明のあとに、こう書かれていた。
「日々、投資回収率が向上しております」
書いた側はたぶん、開発が順調に進んでいるという意味で入れたんだと思う。でも、バックテストを少しでもかじったことがある人がこれを読むと、ちょっと背中が冷える。同じ過去データで評価を繰り返して、そのたびに数字が良くなっていく——それは、モデルが「過去の答え」を覚えていく過程と、外から見て区別がつかないからだ。
ところが、その期間の成績を見て「ここが悪いから直そう」を繰り返すと、答案用紙はいつの間にか練習問題に変わる。直すたびに点数は上がるが、上がったのは「その過去」に対する点数でしかない。
KLabのケースでは、2022〜2024年が第1弾・第2弾のどちらのバックテスト期間にも含まれている。KLab自身も7月のリリースで、事後学習の過程でバックテストへの過剰最適化が起きている可能性は否定できない、と認めている。
会社自身がそのリスクをきちんと文章にしているのに、世の中に出回るのは数字だけ。正直、ここは不気味だと思った。誰も嘘はついていないのに、受け手の頭の中には「AIが過去4年で9.5倍にした」という、一番都合のいい部分だけが残っていく。
バックテストと本番のあいだにある溝
過剰最適化のほかにも、過去と本番を隔てるものはいくつかある。全部が今回の8連敗の原因だと言うつもりはなくて、むしろどれが効いたのかは外からは分からない、というのが本当のところだ。
ひとつは相場の性格そのものが変わること。2022年の暴落相場、2024年の米国でのビットコイン現物ETF承認をはさんだ上昇相場と、検証期間の4年間だけでもビットコインの「値動きのクセ」はかなり違っていて、その全部に強いモデルを作ろうとすれば、どこかで過去のクセに寄せた判断が入り込む。今年7月以降の相場が、その4年間のどれとも違う顔をしていたとしても不思議ではない。
もうひとつは約定の現実。バックテストでは1回あたり0.05%(第1弾は0.04%)の手数料を差し引く前提だったが、実際にはスリッページもあるし、ショートを持てば資金調達率のコストもかかりうる。1,000万円程度の規模ならビットコイン市場への影響はほぼないはずで(推測ですが)、どちらかといえば効くのは細かいコストの積み重ねのほうだと思う。ただ、それで8回全部が負けになるかというと、それだけでは説明がつきにくい。
8連敗は「たまたま」で済むのか
8回はサンプルとして少なすぎる。これは本当にそうで、ここだけを見て「このAIには優位性がない」と結論づけるのは乱暴だと思う。
ただ、「コインだって8回連続で裏が出ることはある」という言い方には、少しだけ引っかかりがある。勝率5割のコインなら、8連続で裏が出る確率は256分の1、約0.4%。起きないわけじゃないけれど、毎回起きるようなことでもない。
だから8連敗は「運が悪かった」よりも、「今の相場を、モデルが過去のどこかの局面と取り違えていた」可能性のほうを先に疑うべきだと考えている(筆者分析)。それでも、8回で優位性の有無を断定できないことに変わりはない。
KLabが損失を積み上げ続けるのではなく、いったん止めて調整に入ったのは、その意味で筋が通った判断だと思う。止めなければ、局面の取り違えが続く限り負けが続くわけだから。
上場企業がバックテストを「開示」するということ
もうひとつ、大手メディアはあまり触れないだろう論点を置いておく。KLabのバックテスト結果は、適時開示として出ている。2月24日の第1弾のときには、発表を受けて株価が反発したと報じられた。
実運用の成績は、後から誰でも検証できる。けれどバックテストの数字は、期間も条件もモデルも出す側が選べるもので、外の人間には再現のしようがない。その「選べる数字」が、上場企業の開示として株価材料になりうる。これはKLabが悪いという話ではなくて、制度上そういう隙間がある、という構造の話だ。
そして、本当に重いのは65万円の損失そのものじゃない。会社の規模からすれば誤差みたいな金額だし、運用開始リリースでも今期業績への影響は未定とされていた。重いのはこの先の計画のほうで、KLabは財務戦略として持っているビットコインを段階的にAIトレードへ移し、2026年度末をめどに全量をAIで運用する方針を示している。その先には私募ファンドや投資助言・代理業の登録も見据えている。
ちょうど今日(10月2日)、KLabはビットコインとゴールドの保有状況を開示した。7月から9月の追加購入はゼロで、9月末時点のビットコイン保有は89.44457BTC。6月末とまったく同じ数量だ。開示には「AIトレードで運用している資産は含まない」と注記されているから、少なくともこの3か月、財務戦略側のビットコインはAIトレードに1枚も移っていないと読める。
9月末の評価単価で計算すると、このビットコインは約11.4億円分になる(12,763,270円×89.44457BTC、筆者試算)。KLabの決算期は12月なので、「2026年度末をめど」が年末を指すなら、残りはあと3か月。8連敗で止まったシステムに、本番で試した1,000万円の100倍以上のビットコインを、この3か月で移せるのか。正直、今のままのスケジュールで進むとは考えにくい。
皮肉なことに、同じ開示で一番目立つのは「何もしなかった側」の数字だ。財務戦略のビットコインは、6月末に約1.97億円の含み損だったのが、9月末には約1.21億円の含み益に転じている。評価単価で見ると、この3か月でビットコインは約38.6%上がった計算になる(筆者試算)。トレードを一切せずに持っていただけのほうが、AIよりはるかに良い四半期を過ごしたことになる。AI側の比較期間(7月1日〜取引停止まで)とは期間がずれているので、単純比較はできない。それでも、絵としてはなかなか強烈だ。
つまり今回の8連敗は、小さな社内実験のつまずきではなく、会社の財務と次の事業の柱にかかわる話になっている。株主として見るなら、ここがいちばん大事なところだと思う。
AI投資の「すごい数字」を見たときに確かめること
KLabに限らず、これからAIトレードや自動売買の宣伝はどんどん増えるはずで、そのたびに何百%という数字が流れてくる。全部を疑う必要はないけれど、最低限これだけは確かめてから信じるようにしている。
✔ バックテスト期間は、モデルの調整に一度も使われていない期間か
✔ 発表のたびに回収率だけが上がっていないか(同じ期間で数字が伸びていたら要注意)
✔ 手数料・スリッページ・資金調達率など、コストの前提は現実的か
✔ 実運用の取引回数は十分か(数回では何も言えない。最低でも数十回は欲しい)
✔ 実運用の記録は、取引単位で後から確認できる形で公開されているか
KLabはこのうち最後の項目、取引記録の公開については、むしろ模範的なくらいだ。逆に言えば、それ以外の項目は、再開後の発表で確かめていくしかない。
再開後に見ておきたいところ
運用が再開されたら、まず使われるモデルの名前を確認したい。basicのままなのか、bullの比重を上げるのか、あるいはまったく新しいモデルなのか。それによって、過去のバックテストの数字がどこまで参考になるかがまるで変わってくる。
それから、調整の過程で今年7月以降の負けたデータをどう扱ったのか。負けた期間を学習に足して「その期間でも勝てるように直しました」となっていたら、それはまた同じ穴に一歩近づいているのかもしれない。このあたりをKLabがどこまで説明してくれるか、個人的にはそこに一番注目している。
もうひとつ、年末に向けた財務戦略のビットコインの移管スケジュールがどうなるか。予定どおり進めるのか、延期するのか、移す量を絞るのか。次の四半期の保有報告で89.44457という数字が動くかどうかは、そのまま会社がこのAIをどこまで信じているかのサインになると思う。
バックテスト+857%、実運用8戦8敗。この落差を笑うのは簡単だけど、未来の相場に本物のお金を入れて試す、という一番しんどい実験を上場企業が公開でやっている例は、そう多くない。続きは、ちゃんと見届けたいと思っている。
・KLab株式会社「AI自動取引システムのバックテストで投資回収率+857.6%を記録」(2026年5月26日、PR TIMES)
・KLab株式会社「AI自動取引システムを使った自己資金の運用を開始」(2026年7月1日、PR TIMES)
・KLab株式会社「ビットコイン及びゴールドの購入内容及び保有状況に関するご報告」(2026年10月2日、適時開示)
・KLab株式会社「ビットコイン及びゴールドの追加購入に関する月次報告」(2026年7月1日、6月30日時点保有状況。JinaCoin報道で確認)
・KLab AIトレード公式サイト/取引記録(2026年10月2日閲覧)
・KLab AIトレード公式note「Mamba-bullモデルの4年バックテスト検証データ」
・トレーダーズ・ウェブ「KLab-反発 AI自動取引システムのバックテストで投資回収率+328.6%」(2026年2月24日、Yahoo!ファイナンス)
※記事内の数値は2026年10月2日時点のもの。運用状況は変わる可能性があるため最新情報要確認。本記事は特定銘柄・金融商品の売買を推奨するものではありません。
